2005/03/30(水) ミニ胡蝶蘭が咲いた!
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一昨年の暮れの頃に友人からいただいたミニ胡蝶蘭が、今年の冬を越して昨日花開いた。胡蝶蘭はなかなか難しいと聞いているが、夫が世話をして花を咲かせた。つぼみが膨らみ始めてから二ヶ月ぐらいも経ったろうか、やっと一輪だけ開いたのだ。小さくて固い花芽がついた枝(?)の先に私がちょっと触ってしまって、先のほうを半分折ってしまい、夫がカミナリを落としたこともあった。折れなかった部分を大事に大事に見守ってきたのだが、つぼみが膨らむのにこれほど時間がかかるとは思わなかった。まだ、10個ぐらいつぼみがついているので、これらが全部開いてくれると嬉しいのだが・・・・。
2005/03/29(火) 県選管にて
県に届け出てある確認団体「小泉まり子と歩む会」の収支報告書に一部印鑑漏れがあったとのことなので、印鑑を持って県の選管事務局に出向いた。お昼少し前の時間帯だったが、私の前に3組の人たちが来ていた。私が着いたとき受付に居たグループは、選管事務局に着いてから収支報告書を書いているらしく、長時間次の人を待たせていた。やっと終わって次の人に順番を譲るとき「お待たせしました」の一言も無く黙って去っていったので、待っていた次のグループの一人が大きな声で「何だあいつら、待たせやがって」と言うようなことを言った。そう言うからにはこのグループはきちんと書いてきたのかと思ったら、このグループもその場で書いたり説明を聞いたりしている。結局このグループも相当時間がかかったようだ。その次のグループ(つまり私の前のグループ)は、議員が亡くなったため解散の届けに来たという。2番目のグループが席について少し経った頃、別の職員が出てきて、この人たちに対応した。
次がいよいよ私の番である。2番目組が終わったらやってもらえるのかと思っていたら、若い人が出てきて対応してくれた。私の方は、若干の訂正と印鑑漏れの押印だけだったので、すぐに済んだ。
この間の県職員の対応を見ていて、これぞまさしくお役所仕事だと思った。1時間も待たされている人が居るのに、他の職員は出て来て対応しようとしないのだ。最後の頃は二人出てきてくれたが、とにかく人が待たされていることに何も感じていない風で、お喋りをしている職員も見かけられた。これが民間なら、「お次の方はこちらへどうぞ」と言って、別の職員が対応するだろう。自分達は県民に対するサービスが仕事なのだと言うような意識は皆無のように見えた。
その場に来て書類を作っている人には、「これから書く人はあちらでどうぞ」と別の机へ誘導し、提出するためだけに順番を待っている人に対応するくらいの配慮があってしかるべきである。職員の意識改革はなかなか難しいことだと思いながら帰って来た。
2005/03/27(日) 藤代町最後のとき
今午後11時34分、あと26分で藤代町が消える。昭和30年から50年間藤代町の住人だった(その前は六郷村だったが)。慣れ親しんだ藤代町が消えるのはやはり寂しい。何かジーンとするものがある。藤代で青年期を向かえ、父母を送り、結婚し、子どもを育てた。いろんな思い出が詰まっている藤代町。新しく越してこられた方からも、藤代町が無くなるのはとても寂しいというメールをいただいたりしている。自治体はそこに住む人の土台になっているのだろう。
もうすぐ新しい取手市が誕生する。私はそこで議員としての席をいただいた。本当は在任特例でなく、定数特例を使って、藤代町の中での選挙をすべきだと思ったのだが、賛同者が無く結局在任特例で全員が取手市議になる。議員という立場をいただいた以上、今までと同様精一杯の力を注ぎたいと思っている。旧取手市にお住まいの方とも交流し、できるだけ多くの人と交わりながら、意見を出していけたらと思っている。
2005/03/25(金) 盧武鉉大統領の対日問題談話
今朝メールボックスを開いてみたら、『盧武鉉大統領の対日問題談話全文訳』という題名のメールが入っていた。開いてみると、竹島問題を中心に、対日関係について国民に冷静な対応を求めながら、国としては日本に対してきちんと要求していくという内容が書かれていた。竹島問題について、私にはきちんとした認識が無いので、日本と韓国とどちらの言い分が正しいのか分からないが、国民に話しかけるように書かれているこの文章を読んで、盧武鉉大統領の姿勢に感銘を受けた。大統領としての説明責任を果たし、国民に協力を呼びかける姿勢は立派だと思う。日本の総理大臣が国民に対してこのように話しかけたことがあったろうか。
参考:大統領談話の全文訳
盧武鉉大統領は、今回の日本の行為に断固反対を唱えつつ、冷静な対応をしようと呼びかけている。私は竹島問題はよく判らないが、首相の靖国神社参拝には反対である。かつて侵略された国々の人たちがどのような気持ちになるかを考えたら、すくなくとも総理大臣で居る間は靖国神社に参拝すべきではあるまい。
05/03/23(水) 高山智津子講演会
取手市立図書館と取手市文庫連の共催による子育て講演会を聞きに行く。テーマは『ものごころつくまでに』というもので、副題が「読み聞かせで育つもの」となっている。講師は赤ちゃん絵本の研究家であり、大学で教鞭もとっておられる高山智津子先生だった。緩急自在とはこのような話し方を言うのかなと思うようは話し方だったので、参加者はすぐに先生のお話に引き込まれていった。多くの絵本を例にとりながら、その中から何を汲み取れるか、子どもはどんな反応を示すか、その反応の意味するものは・・・などについて話された。豊富な経験に裏打ちされたお話だけに説得力がある。読み聞かせの口調がとてもステキだった。あんな読み方をされたら子供たちはすぐに引き込まれるだろうなと思いながら聞いた。1時間半の講話が短く感じられたほどである。
ただ、文庫連の若手の方々がボランティアで保育に回ってしまって、この講話を聞けなかったということを耳にして、とても残念に思った。これからの読書運動を支えていく若い人たちにこそ聞いて欲しかった。
05/03/21(月) 春は花粉症
春は花粉症、やうやうかゆくなりゆく、まなこ少し赤みて、飛びいだしたるくしゃみの強く響き渡りたる。
今年の春はことのほか花粉が多いとのことで、ここ数日外にも出られないくらい目がかゆくてたまらない。涙は出るはくしゃみは出るは、散々である。目と鼻の周りの皮膚もチカチカと痛痒くて、顔の表面もざらざらになってしまった。シーズン前に、意を決して高価なスギ花粉エキスを二瓶も飲んだというのに、効いているのかいないのか分からない。1本8000円以上もしたのだから効いてもらわなくては困るのだが・・・・。効いていてこれだけなのか、効かなかったのか分からないが、例年より酷いくらいの状態である。医者に処方してもらった抗アレルギー薬を飲み、目薬をつけてもなかなか直らない。とにかく目を洗いまくっている。一歩外に出て戻ってくるとシャワーで目を洗うのだ。それが一番効くようだ。外出の際にはメガネをかけて、顔半分以上隠れるようなマスクをして、まるで強盗にでも入りそうな格好をして歩いている。
町中にマスクの人が溢れている。花粉症の人は本当に多いようだ。子供たちにも症状がでているという。戦後に植林した杉の勢いの強い時期だそうだが、そればかりでなく、排気ガスなどの空気の汚れも影響しているのだろう。天気予報のとき花粉情報を見ると、関東地方全域が真っ赤に塗りつぶされている。それを見ると恐ろしくなる。早くこの花粉の時期が過ぎてくれるのを待つばかりだ。
2005/03/19(土) 20,000ヒット
私のHPが開設以来20,000ヒットを達成した。ここまで来るのに約3年2ヶ月を要している。1日平均25人が訪れてくれたことになる。議会の様子を少しでも知っていただきたくて、何も分からずに開設したHPである。議員になるまでコンピューターさえ触ったことも無かった私が、誰にも教えてもらわず手探りでつくってきたので、本当に拙いページではあるが、それでもこれだけの方に見ていただいたと思うと感慨深いものがある。20,000人目はどなただったのだろう。心ばかりの記念品を差し上げたいと思っているので、是非ご連絡をいただきたいものである。
3月28日、藤代町と取手市の合併により、私も取手市議会議員となる。その時を機にこのHPをリニューアルする予定であるが、当日うまくアップできるかどうか分からない。できなかった場合は二三日工事中ということでご了解をいただきたい。
05/03/17(木) フン害に憤慨
今日は彼岸の入りなので、お墓にお参りに行った。我が家のお墓は東観の中に一つと、家の近くの公園脇に一つあるので、その両方にお参りする。はじめ東観の方に行ってから、家の近くのお墓に行った。このお墓には私の養父母や祖父母が眠っている。今日は、今まで家に置いておいたロロの遺骨をお墓の隅に埋葬してやった。
それからお墓の周りの草を取ろうとしたら、入り口のところに植えてある木の根元に、犬かネコの糞が一山にかためて捨ててあった。あまり大きくない糞なので、小さな室内犬かネコのものではないかと思う。以前にも同じところに同じように糞の山があったのだ。量から見て一月分ぐらいはあるようだった。動物が来て自分でしたものではなく、明らかに人間が捨てたものだ。一体誰がこんなところに糞を捨てるのだろうか。人の家のお墓と分かっていて捨てるなんて、そんな人の気が知れない。我が家に恨みでもあるのかとも思ってしまう。私は信心深い人間ではないが、お墓に糞を捨てられるのは嫌な感じがする。お墓が汚されたように感じてしまう。
その糞を片付けてから、家に帰って近所の人に宛てて手紙を書いた。「動物の糞をお墓に捨てる人がいるが止めて欲しい」という主旨の文章だ。捨てたのが近所の人とは限らないかも知れないが、わざわざ遠くから捨てに来るとも思えないので、とりあえずご近所にお願いの文書を出したのである。こんな文書を見せられて気分を害された方もあるかも知れないが、その点は謝った上で、お願いをしてみた。どんな結果になることやら。
05/03/13(日) 往年の二高生たち・・・
今日は数年ぶりに昔の土浦二高時代の仲間達と会っておしゃべりをした。私たちは当時6人組だったが、ひとりは今北海道に住んでいるので、近くに住む5人で楽しいひと時を過ごした。友人の一人が昨年家を新築したので、その家へ遊びに行ったのだ。5人のうちの一人は前回集まったときに来られなかったので、40年ぶりと言っていた。でも昔の面影どおりであった。何年も会っていなくても会えばすぐ昔の仲間に戻れるところが同級生のいいところだ。あれやこれや、とりとめの無い話をして、お昼過ぎから夕方までしゃべり続けだった。今度は一緒に旅行もいいねなどと言って分かれた。
05/03/08(火) HPリニューアル
合併後取手市議会議員になるのを機にHPをリニューアルしようと思って、現在新しいページを作成中である。今度はフレームを使ってみようと思っている。しばらく前から作業をしているので、大分出来てきたのだが、さてアップするときはどうしたらよいのか分からないでいる。新しいページの扉をindex.htm というファイル名にして欲しいとプロバイダーから言われているのだが、現在のトップページもindex.htmだから、その交代をどうすればよいのか判らないのだ。一端今のページを削除してから、新しいページをアップすればよいのか、最初のページのファイル名だけ取り替えてしまえばよいのか、などと考えている。
05/03/05(土) 50数年ぶりの大掃除
そこは我が家で最もお掃除がされていない場所だった。かれこれ52,3年もそのまま放置されていただろうか。こんなに長期間お掃除もしないなど、このHPをご覧の方には想像さえできないことかもしれない。その場所は物置の裏にある舟小屋だ。こんな田んぼの真ん中だったところにどうして舟が?とお思いの方もいらっしゃることだろう。ここは小貝川の氾濫や北浦川の溢水で、昭和10年代ごろまではしばしば内水に襲われたのだそうだ。そんなわけで大抵の家には田舟の一艘や二艘はあったらしい。我が家にもかつては二艘の舟があったのだ。そのうちの一艘は十数年前に魚釣りをされる方に差し上げたので、今は一艘だけ残っている。
その舟小屋の屋根を支える柱が傾いてきたので、何とかしたいと思って、近所の方に直してもらうことにしたのだ。私はその柱の傍に支えの柱でも立てれば良いかと思ったのだが、そうはいかないらしかった。舟小屋の柱を全て取り替えることになった。それで舟を取り出して50数年ぶりの大掃除をする羽目になったのだ。田舟といっても長さが5メートルぐらいはあるので、持ち出すのが一苦労だった。なにしろ舟の上にも下にも竹ざおや使い古しの材木などがぎっしり詰まっているのだ。本来は昭和25年の大洪水のあと、いざと言うときに舟がすぐ出せるようにと水に浮かぶような形で置いたものだが、長年使わないで居るうちにそこが材木置き場のようになってしまったのだ。文庫のいも煮会の時は、ここから竹ざおや木の切れ端を探し出してきて、それを燃料にする。
まず竹ざおなどのゴタゴタを片付け、舟を引き出す。それからその下に詰まっていたガラクタや材木を取り出した。龍吐水の導水管らしきものや、糸つむぎの道具なども現れた。ほこりが尋常ではない。その中から竹ざおを選んで、いも煮会用の長さに切って束にする仕事を夫がやってくれた。10数束できたので、当分の間は燃料に困らないだろう。その他のゴミを整理し、やっと片付いてきたところだ。
さて、舟をどうするかということで、町の教育委員会に問い合わせをしてみた。藤中の裏の「食とくらしの資料館」に展示品として寄贈しようかと思ったのだ。聞いてみると既に田舟は収蔵されていると言う。結局使い道が無いので、チェーンソーで切断して燃やしてしまおうかなどと話していたのだが、夫が面白いことを考え付いた。その舟に土を入れて花壇にしようというのだ。家族全員大賛成だった。せっかく昔の人が大切にしていたものを燃やしてしまうのも忍びなかったからだ。舟の花壇なんて、ちょっと変わっていて格好がいい。そうと決まったので、息子達にも手伝ってもらって、舟の下に丸太を入れてコロにして動かした。今この舟は我が家の前庭に鎮座ましましている。もう少し暖かくなったら花壇にするつもりだ。
05/03/04(金) 雪景色
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三月だと言うのに寒い日が多い。花粉が例年の何倍も飛ぶと言われているが、今のところそれほどでもないようだ。今日のように雪が降れば花粉も飛びようが無いのだろう。今夜は「小泉まり子と歩む会」の例会の日だったが、雪で路面が凍ることを恐れて中止にした。三月の雪は普通淡雪で、降ってもすぐ溶けることが多いのだが、今朝からかなり勢いよく降ったので、芝生などにはまだ積もっている。雪は溶けたあとがドロドロで大変だが、積もっているときはゴミなども隠してしまい、掃除の行き届かない我が家の庭もきれいに見える。
隣の空き地では近所の子供たちがゆきだるまを作っていた。我が家の子供たちも昔は雪が降れば大喜びで飛び回っていたが、さすがに最近では「道路が凍っていやだなぁ。あ〜ぁ、こんなことを言うようじゃ、とうとう俺も大人になっちゃったぁ。」などと言っている。 |