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05/05/29(日) 「興味がありますねぇ」
二日ぐらい前から旧日本兵がフィリピンの山中で生存しているという情報が新聞・テレビを賑わせている。初めてそのニュースに接したとき、「本当に60年間も山中で生活できるものだろうか」との驚きで一杯だった。横井さん・小野田さんのときも目を疑う思いだったが、それから更に30年も経った今、本当に旧日本兵が生存しているとは!しかもここに言う二人のほかにも何人かの生存情報があるという。事実だとしたら、その生命力・強靭な意思の力に敬服してしまう。そして彼らが本当に旧日本兵だとしたら、彼らにとって戦争はまだ終わっていないのだ。60年である。あまりにも長い。彼らの青春は「欲しがりません、勝つまでは」で、夢も希望も抑えられていたのだろう。そしてその後の60年・・・・。人生の殆どといっていい長い時間をどのような思いで過ごされたのだろうか。戦争のむごさに胸が痛む。
そんな思いでいたとき、テレビのニュースで小泉首相がインタビューに応じていた。この件に関してである。「驚きました。」の後に「興味がありますねぇ。」と言ったのだ。あきれて開いた口がふさがらなかった。一国の首相の口から出る言葉だろうか。「興味がありますねぇ。」は傍観者の言葉ではないのか。確かに誰でも「どんな生活をしていたのだろう」「どうして60年も出てこられなかったのだろう」「どうして60年も地元の人に発見されずに生きてこられたのだろう」等々の興味は持つだろう。しかしこれは首相の発言としては問題だろう。彼らにとって60年間も戦争が終わっていないということへの重みが少しも感じられない。終戦当時3歳ぐらいだった小泉首相には勿論戦争責任は無いが、日本の政府を預かるという継続性を考えれば、首相として決して言ってはならない言葉ではないだろうか。確かに「帰ってこられたら支援したい」との発言もあったが、最初の一言はついポロリと出ただけに、彼の本音を現しているように思う。靖国神社に参拝し、戦死者を弔うというのも本音はどこにあるのかと疑ってしまうくらいだ。(誤解を招かぬよう断っておくが、私は首相の靖国神社参拝には反対の立場である)
もし今取りざたされている人が本当に旧日本兵であったとしたら、戦争に翻弄された彼らの人生の重みを考なければなるまい。「興味がありますねぇ」は一国の首相としてあまりにも軽々しく酷すぎる言葉ではないだろうか。
05/05/22(日) 卓球インターハイ県南予選
久しぶりに卓球の試合を見に行った。霞ヶ浦体育館で行われたインターハイの県南予選である。昨年まで夫が指導していた高校1年生が5人出場しているので、その応援をしに行ったのである。中学生の試合は何度も見に行ったことがあるが高校生の大会を見るのは初めてだ。相当レベルが高くなっているのかなと思ったが、1回戦・2回戦あたりは中学生の大会と殆ど変わらない印象である。高校に入ってから卓球を始めた子もいるのだろう。4回戦あたりになると試合らしくなってきた。
夫の教え子のうち男子3名は、あと一歩というところで県大会出場を逃してしまったが、女子の二人はベスト8に残って、決勝リーグを戦った。MちゃんはBリーグを1位で通過し決勝戦に臨んだ。Bリーグの3回戦ではスマッシュがうまく入って攻撃型の特徴を生かした戦いができたのだが、決勝戦になったら急に守りに入ってしまって、それまでの攻撃が出なくなってしまった。その結果ゲームカウント1-3で負けてしまい準優勝となった。決勝戦と言うプレッシャーに負けてしまったようだ。もうひとりの教え子のYちゃんは3位決定戦に出て、3-0で勝って3位を獲得した。
女子二人はインターハイの県予選に出場するので、関東大会に出られることを祈っている。
5/05/15(日) 旧日本軍遺棄化学兵器の処理施設着工へ
以前にも「ひとりごと」に書いたことだが、旧日本軍が敗戦に際して中国各地に遺棄してきた化学兵器の問題が日中間に横たわっている。これら遺棄化学兵器によって、現在でも傷つき時には命さえ落とす中国の人たちが居ることに心を痛めていたのだが、その解決への道筋が見えてきたようなニュースを目にした。遺棄化学兵器の処理は1997年発効の「化学兵器禁止条約」で日本政府がすべてを廃棄する義務を負っている。その義務の履行が見えてきたというのだ。日中両政府が4月25日〜28日に北京で専門家会合等を開き、チチハル・ハルビン・北京・南京など12箇所の遺棄化学兵器の保管庫周辺に、複数の小規模処理施設を建設することで合意したのだ。遺棄化学兵器の約9割が埋蔵されているハルバ嶺に、回収施設・保管施設・無害化施設・警備、消防施設・作業員宿舎などを日本の資金で建設する。当面2008年度までに回収施設を建設する資金として780億円を計上する予定だそうだ。やっと日本人としての責任を果たすことができるらしい。
ただ、ここに述べられている保管庫以外にも、着弾したまま不発に終わっているものなどが各地にあるのではないかと思う。今でも時々被害にあわれる方がいるのは、そうした不発弾によるのではないだろうか。大規模に埋設したところの危険性は勿論であるが、小規模なものまで処理できると良いのだが。この問題については海南友子監督の「にがい涙の大地から」という映画を是非多くの方に見ていただきたいと思う。
05/05/11(水) 美容院で
髪が伸びてしまってどうしようもなかったので、美容院へ行く。何日か前から行こう行こうと思っていたのだが、なかなか時間がとれず、やっと今日行けたのだ。シャンプーをしてパーマをかけてもらった。伸びた髪をカットしてもらったら、何だか軽くなった感じで気持ちがいい。これから暑くなってくるので、短めにしてもらった。
薬をつけて待つ間週刊誌を眺める。女性週刊誌は美容院に行ったときだけ見るので、美容院に行ってくると芸能界に詳しくなる。今日見たのはかなり古くて4月○日号だった。その中で沖縄に診療所を構える精神科の女医さんの話が印象に残った。薬はほとんど使わずに治療をされるそうだ。研修医のときに向精神薬を自分で使ってみて、頭が朦朧としてまっすぐ歩くことさえできなくなり、薬による治療に疑問が沸いたと書かれていた。先生は薬の変わりに、ヒーリング、アロマテラピー、ハグ療法などをされるということだ。家に帰ってから先生のホームページを見てみた。6月までは既に予約がいっぱいになっている。全国から患者さんが集まるそうだ。薬なしの治療が魅力的に思えた。
2005/05/05(水) お客様
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昨日は中国からのお客様をお迎えした。昨年中国へ行ったときにとてもお世話になった、許さんの娘さんと弟さんである。弟さんは謙さんと言い、北京で建設会社を経営しておられる精華大学卒のスポーツマンである。今回は許さんの娘さん(ティユンティユン 中学2年生)と万博見物に来られたのだ。ティユンティユンが昨夏の我が家でのことをを思い出して、ロンや私たちに会いたいと言ったそうで、忙しい時間を割いて遊びに来てくれたというわけである。
万博会場から直行で我が家に来られた。とても混んでいて人気のトヨタ館は見られなかったとのこと。5時間待ちといわれたそうだ。私は この日の夕食のために前日からご馳走つくりに励んだ。北京で謙さんに大いにお世話になったので、そのお礼の心を込めてつくったのだ。献立は、ベジタブルゼリー、ビシソワーズ、ローストビーフ、果物である(写真)。それにサラダを添えるつもりだったが、まだ出来ないうちに取手に着いたという連絡が入って、迎えに行ってしまったので、サラダは無しということになってしまった。ローストビーフとゼリーは昨夜作って冷やしておいたので、この日はビシソワーズだけ作ったのだが、なにせ普段から行き届いていない掃除をしたりして、時間がなくなってしまったのだ。この献立は以前友人達にお出しして好評だったので、それを再現した。ローストビーフは我が家の息子達の大好物で、彼らにとってのお袋の味だそうである。
謙さんは私たちにも分かるようにと英語で話してくださるのだが、その発音が良くて、私たちにはなかなか聞き取れなかった。結局お姉さんの許春燕さんが英語から日本語に通訳してくれた。私も私の夫も中学から大学まで8年間も英語を習ったはずなのに、聞き取ることさえできなくて恥ずかしかった。お姉さんの方の許さんは、高校で始めてABCから学んだというのに、会話は勿論スラスラ読み書きもできて専門書の翻訳までされるのだ。あたまの構造が違うらしい。
謙さんの日本の印象は、万博でパビリオンの入場のために並んでいるとき、監視人もいないのに誰も割り込む人も無く、整然としていることに驚いたとのことだ。それから仕事が細かく正確であるということも言っておられた。仕事のこと結婚のこと、日本の印象など楽しく話した「ひととき」だった
2005/05/01(日) 雑草との戦い
我が家では一月ぐらい前から雑草との戦闘モードに入っている。私は花粉症と臨時議会のため殆ど草取りに参加していなかったが、夫は草刈機で垣根の周りや芝生を刈り、母は畑の草取りをしている。私も連休前から参加し始めた。しかし、草の勢いは強い。
我が家の庭は既に何百年か草を取り続けているだろうに、草が生えなくなったと言うためしは無い。私が子どもの頃は、70代の祖母が庭に筵を敷いて、座った姿勢で草取りをしていた。一本でも残したら我が家の恥と言わんばかりに、なめるようにきれいに草を取っていたものである。まるで庭に草が生えているのは最大の罪悪であるかのように。しょっちゅう草・草・草・草・草・・・・。それで私を育ててくれた母は追われるように草取りをしていたし、近所の農家の人を頼んで草を取っていたものだ。
それでも草はなくならない。強いものの代名詞ともなっている雑草だもの、そうそう簡単に人間などに負けはしないのだ。そのことに気がついた私たち夫婦は、草は少しぐらい生えていたっていい、酸素を供給するし、第一春のやわらかい草はきれいだし・・・と思うことにしたのだ。したがって機械による草刈は、地上数センチ残して刈っている。小石が飛ぶのを防ぐためと、ちょっとぐらい青々としているのはきれいだからだ。
今日は機械ではできないところの草取りをした。庭石の間や門の前など、あまりにも草ボウボウになるのを防ぐためだ。昔に比べたら本当に雑な草取りだが、それでも結構時間がかかる。夕方になってようやく一区切りついた。しばらくは草取りをしなくて済みそうだと思っている。しばし休戦というところだ。 |