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05/08/30(火) 衆院選公示
いよいよ衆院選が公示された。各地で熱い戦いが繰り広げられている。前哨戦は解散直後から始まっていたので、実際は中盤戦といったところだろうか。注目区での様々なニュースがネット上などで踊っている。ここ茨城三区も混戦模様だ。前回の総選挙では比例区の下位にランクされて涙を飲んだ中山一生氏が無所属で立候補をされたので、保守系は二分される。その分民主党の小泉氏が有利かというと、必ずしもそうとは言えないかもしれない。前回の小選挙区では今回中山氏に投ぜられる票の相当数が小泉氏に回ったという話もあるからである。
小泉首相の地盤である神奈川11区に「さらば外務省」の天木直人氏が立候補を届け出た。ご存知の方も多いと思うが、レバノン大使であった時、イラク戦争に反対する公電を送って外務省を辞めた人である。今回の立候補に対して、まるでドン・キホーテだという人もいるが、自らの主義主張を正々堂々と主張する姿に感動する。モンスターのような相手に真っ向から対峙し、「今度の選挙の真の争点は、郵政民営化法案の是非などという事ではなく、米国に従属し続けて日本という国を戦争国家にするのか、それとも平和国家日本をとりもどすのかという国家の命運を賭けた選択にあることを訴えたい。」とHPで語っている。天木氏には著名人の応援もあるようだが、相手が相手だけに厳しい戦いになることは必定である。それでも果敢に挑戦する天木氏に、遠くからではあるがエールを送りたい。
05/08/26(金) 台風一過 & 公開討論会
台風一過
台風11号が関東地方を直撃して太平洋に抜けていった。午前7時には稲敷市周辺を通過中との報である。取手市では昨夜の雨も思ったほどではなく、利根川・小貝川の増水も危険性を感じるほどではなかった。ほっと一安心である。午前中に北浦川周辺を回り、小貝川土手の防災センターに行って見たが、職員が一人いるのみで、警戒状態にはなっていなかった。国土交通省からの水位情報は刻々と伝わってくるが、1時間に2〜3センチ程度の増水で、このままなら危険性はあるまいとのことであった。昨年の台風のときは小貝川堤防の中段まで水が来ていたが、今日は中段までにはまだ相当の高さがあった。一部で400ミリも降るという予報だったので心配したが、たいしたことが無くて本当に良かったと思う。風によって稲の倒伏も心配されたが、私が見て歩いたところでは殆ど被害もないようである。
このあたりは大きな被害が無かったが、一部では浸水などもあり、体育館の屋根が吹き飛ばされたとの報道もある。被災された方にはお見舞いを申し上げます。
公開討論会
龍ヶ崎青年会議所・常総青年会議所・牛久青年会議所主催の公開討論会に行ってみた。衆議院議員立候補予定者の公開討論会である。ここ茨城三区では5人が立候補を表明しているが、そのうちの4名が出席された。社民党の候補者は時間の都合がつかないとのことで不参加であったが、こういう機会を逃すのは残念である。今日の討論会は「リンカーン・フォーラム」が築いてきた方式に則って行われた。候補者の席順は抽選、発言順はきちんと守られ、発言の時間も全員に平等に割り振られていた。「少子・高齢化」「郵政民営化」「財政再建」など各テーマごとに一人3分ずつ意見を述べる方式である。各人の意見は新聞報道などでも知ることが出来るが、直接話を聞くことによって、それぞれの人柄の一部が垣間見えたように思う。候補者の話を直接聞くのは大切だと再認識した次第である。準備してくれた青年会議所の皆さんに感謝したい。
*リンカーン・フォーラム:公開討論会を通じて政治家を選ぶというルールを日本に根付かせようと活動しているNGO
05/08/19(金) 訃 報
夕食の準備をしているとき、友人から電話があった。共通の友人であるTさんの訃報である。Tさんは「谷中子ども文庫」の世話人として共に活動した仲間である。まだ50歳にもならないであろう彼女の、あまりにも早い死に言葉も無かった。彼女は7年ぐらい前に最愛の娘さんを亡くされ、悲しみのどん底に突き落とされたのだが、今では立ち直って元気にしておられたのだ。つい先日も犬の散歩のときにお会いして、元気な彼女と話をしたばかりだったのに・・・・。
彼女には20歳ぐらいの息子さんがいる。彼は妹さんを亡くし、そして今度はお母さんを失ってしまった・・・・。どんなに辛く悲しいことだろうか、彼の心中を思うとなぐさめの言葉もみつからない。
21日が告別式だという。ただただご冥福を祈るばかりである。
05/08/17(水) ちらかし魔
私の部屋と息子の部屋の間に書庫があるのだが、今息子と書庫の整理をしている。書庫というと聞こえはいいが、半分はゴミ置き場になっているのだ。息子も私も自分の部屋で不要になったものをこの書庫にぶち込む。それがたまりにたまってしまったのだ。書棚は沢山あるのだが、その棚にいらないものがゴチャゴチャ詰まっている。特に子供たちが以前使っていたゲーム機やその配線、ゲームのCD、使わなくなったビデオデッキやコンポ、いらなくなった印刷物等等・・・・。私の議会関係の書類を整理して置こうとしても置けないほど、棚と言う棚に不要なものが詰まっているのだ。一昨日それらをゴミ袋に詰めたところ不燃物の袋が10個、可燃物も10個ぐらいできてしまった。こんなにたまっていたのでは恥ずかしいので、朝早く近所の人が誰も捨てに行かない時間帯にゴミ置き場に捨ててきた。ゴミは殆どなくなったので、今度は入用なものの整理である。まだあと半日ぐらいはかかりそうだ。息子曰く、「一部屋でこれじゃぁ、この家はとても引越しは出来ないってことが分かったよ。」
私はとにかく整理整頓が苦手である。以前小学校の教師をしていたとき、亡くなった父に言われたことがある。「眞理子、お前まさか子供達に机の中を整理しろなんて言ってないんだろうな。子供達にお前の部屋を見せてやりたいよ。」と。とにかく父がつけた私のあだ名は「ちらかし魔」なのだ。この「ちらかし魔」はいまだに治らない。時々部屋の整理をするのだが、すぐにゴチャゴチャになってしまう。
05/08/14(日) 宴の後
昨日の花火大会は観光協会からご招待をいただき、初めて桟敷席で鑑賞させてもらった。子供たちが小さかった頃は土手まで見に行ったりしたのだが、こんなに特等席で見たことはなった。土手に行っても人の頭の間から見ることも多かったのだ。最近は土手まで行くことも無く、家の前の道路から小さく見える花火ですましていた。それが夕べは桟敷席。前は開けていて、すぐ目の前に大きな花火。空いっぱいに広がった色とりどりの光が頭の上に降ってくるようだった。調布から来た叔母と二人で夜空の競演を堪能させてもらった。夜店はいっぱいあったのだが、何か食べ物を買いに行く間も惜しいので、何も食べずにふたりでずうっと花火を見ていた。
一夜明けて、今朝は花火の後のゴミ拾いに行く。5時から8時ごろまでと書いてあったが、私が行ったのは5時半ぐらいになってしまった。実は携帯電話が見つからなくて探していたのだ。昨夜迎えを呼んだとき使ったのだから家にあるはずだと思ったのだが、どこにも見つからない。車の中かと思ったが、昨夜の車は息子が夜勤に乗っていってしまった。息子の勤務先へ車を見に行ったが車の中にも無かった。そうこうしているうちに時間が経ってしまったので、急いで河川敷の駐車場に向かったのだが、その時はもう5時15分ぐらいになっていたのだ。
市民会館の所まで行くと既に大勢の人が片づけをしていて、ゴミの袋が何箇所にも積んであった。駐車場に着くと車が一杯で、多くの人がゴミ袋を持ってゴミを拾いながら歩いていた。今頃来る人はいないようだった。遅くなって恥ずかしいと思いながら袋をもらいに行くと、もう一人女の人が来て、一緒に拾おうということになった。その方と話しながら下流に向かって進む。既に誰かが拾ったのか、ゴミはあまり落ちていなかった。川の近くを歩いていくと、そこにはゴミがあった。昨夜のものではなさそうだったが、紙くずや缶などが落ちている。そうしたゴミを拾ってしばらく進んだが、途中から土手の上にのぼり、土手下の道の脇のゴミを拾って帰った。昨夜の焼きそばの入れ物などが落ちていた。
戻ってみると殆どの人は帰った後であった。遅く来たのだから最後まで拾ってちょうど良かった。いくつも設けられた臨時のゴミ集積所にはそれこそ山のようにゴミ袋が積まれている。屋台の業者が置いていったと思われるものもあった。全体でどれほどの量になったのだろうか。ゴミ収集車で何台分ものゴミの山である。ひとりひとりが自分のゴミさえ持ち帰ればこんなことにはならないのだが・・・・。宴の後のゴミの山は人の心を映しているようで悲しい感じがした。
汗びっしょりになって家に帰る。車が駐車場に入ろうとすると、コンクリートの上に赤いものが見えた。「あった!」と思った。探していてた携帯電話である。昨夜車から降りるときに落としたらしい。電話の中には沢山の人の個人情報が入っているから無くしたら大変だと思っていたので、見つかってほっとした。
05/08/12(金) 中華パーティー
龍ヶ崎の許さんのアパートで中華パーティーをする。許さんとマオさんと私の三人である。この三人は昨年の今日一緒に中国に行ったメンバーだ。マオさんのお継母さんの子ども探しに麗江に行ったことを思い出しながら、楽しい時を過ごす。(この麗江行きの話は旧版に詳しく書いたところである。)今日のご馳走は昨日から許さんが一人で作ってくれたものだ。イサキの煮物、野菜いため、ニンニクの芽と豚肉の炒め物、エビチリ、ジャガイモの山椒風味サラダ、鶏の炒め煮、餃子、ピータンといった豪華メニューである。お料理の写真を撮らなかったのが残念なくらいだ。それにデザートのケーキと果物。お料理は5,6人分ぐらいあったので、三人ではとても食べきれず、餃子などをお土産にいただいて帰る。
この三人で会うのは半年ぶりぐらいなので、いろいろ話が弾んだ。麗江での思い出、この秋にマオさんのお継母さんが麗江の人たちを招待すること、中国の雑誌に紹介されている許さんの弟さんのこと(彼には昨年北京を案内していただいた)、衆議院の解散のこと等々。ご馳走を沢山食べて、飲み物を飲んで、お喋りをして・・・・楽しい時間だった。あんまりご馳走があったので、これ以上入らないほどお腹一杯食べてしまった。このまえ医者から食べ過ぎないようにと言われたのに! 美味しい物には負けてしまう意思の弱い私である。
05/08/09(火) 赤い背中 / 野口さんお帰りなさい
赤い背中
今日は長崎の原爆記念日なのでNHKで『赤い背中』という特集をやっていた。原爆の悲惨さを物語る写真として『赤い背中』という有名な写真があるが、その写真に写っている少年は谷口稜曄(すみてる)さん(76歳)といって、現在も生きておられ、原爆の体験を語り続けておられる。NHKの『赤い背中』は、その彼の人生を追ったドキュメンタリーである。16歳で被曝した谷口さんは、現在でも背中の痛みに悩まされている。時々体内の石灰分が固まって、石のように硬い物質ができ、身体の外にでてくるのだそうだ。彼の背中はごく薄い皮膜で覆われているだけなので、乾燥したりすると裂けてしまうという。毎日奥様が背中に薬を塗りこむのが日課になっている。体重が増えると背中の皮が張り裂けるので、体重は毎日計り少しでも増えると食事で調節する。そういう生活がもう60年も続いているのだ。被曝した後背中が腐敗して痛くてたまらず、何度も何度も「殺してくれ」と叫んだそうだ。そして1年9ヶ月もの間うつ伏せで寝ていた為、胸の方に極度の床ずれができて、こちらも今に至るまで完治していないのだ。
その谷口さんは原爆の恐ろしさを次の世代にも語り伝えるため、痛む身体をおして1年間に200回もの講演をこなしている。今年の春は核拡散防止条約の再検討会議がニューヨークで行われたので、それにあわせて渡米した。体調が悪い中で現地の人とも交流し、原爆の恐ろしさを訴えた。今年の核拡散防止条約の再検討会議が何らの成果を見せることもなく終了したのは何といっても残念で悔しかったろう。「原爆を作った人、作らせた人、原爆を落とした人、落とさせた人、落として喜んだ人を絶対に許さない」と言われたのが強く印象に残った。
このドキュメンタリーを各国語に訳して、核保有国の指導者に見せたいものだと思った。我が家に1年間ホームステイしていたアメリカ人の高校生が、かつて「原爆を落としたのは戦争を早く終結させる為だから落としてよかったのだ」と言っていたが、これを見たらそんな言葉は出てこないに違いない。アメリカでは原爆について「戦争終結のためだから良かったのだ」という教育をしているようだが、とんでもないことだ。彼には原爆の悲惨さをよく話したので、少しは分かってくれたと思っている。もっともっと多く人に核の恐ろしさを知らせなければならないと思う。
野口さんお帰りなさい
日本時間で午後9時11分、ディスカバリーは無事にカリフォルニアのエドワーズ空軍基地に着陸した。耐熱タイルに問題が発生したり断熱材が飛び出したり、いくつかの不安材料があったので、無事帰還の報に接して本当に嬉しかった。船外活動も立派にこなし、今回の宇宙飛行の重要な役割を担った野口さんに、「お帰りなさい、本当にご苦労様でした」と言いたい。
05/08/08(月) 衆議院解散
水戸からの帰り、迎えの車を頼んだ息子からのメールで郵政民営化法案が参議院で否決されたことを知った。17票の差だという。思ったより反対者が多かった。自民党の中の造反者が予想以上に多かったのだ。法案そのものに対する反対から小泉首相のやり方に対する反対まで、反対の理由も様々のようだ。郵政民営化そのものには賛成でも、そのやり方、今回の法案の内容には賛成できないと言う人もいるらしい。否決後の閣議で衆議院の解散が決まった。9月11日の選挙になるらしい。民主党はここぞとばかり政権に意欲を示しているし、共産党も社民党も解散となったからには受けて立つと言っている。熱い選挙戦が始まる。
政治家は大忙しということになるが、さて国民はどうだろうか。今回の郵政民営化では法案のどこに問題があるのか、国会議員は私たち国民に対して情報を発信していないように思う。報道機関も反対が何人になるかという人数の予想ばかり報道しているのではないか。問題の核心である法案の中身についてはあまり報道されていないように思うのだが。賛成者はどこが良いと言っているのか、反対者はどこに反対しているのか、もっと分かりやすく国民に知らせるべきではないのか。
05/08/02 藤代高校野球部甲子園出場壮行会に思う 
10時半から取手駅西口のデッキで藤代高校野球部の壮行会があった。私が着いたときは既に相当の人垣ができていたので、私はその後ろから子どもたちを送ることにした。初めに市長から激励の挨拶があって、そのあと篠山副議長の挨拶だった。篠山氏は旧藤代町でも野球部の役員をしていたらしく、地区対抗のお父さんソフトボール大会などではよく審判を務めていたので、地元高校の甲子園出場は相当嬉しいらしい。そのあと藤高応援団とチアリーダーの激励、キャプテンの挨拶などで壮行会は終了し、藤高ナインは多くの市民に見送られて出発した。
家に帰ってしばらくすると星議長から電話が入る。市長と相談して市からも金銭的な支援をしたいとのこと。そういえば以前藤高が選抜で甲子園に行ったときは、旧藤代町から300万円を支出したのだ。旧取手市から100万円、他の近隣自治体からは50万円が寄せられたと聞いている。
藤高では卒業生の家庭にも募金に回っている。どこの学校でも甲子園出場となれば募金をするのが当たり前になっているが、大体において高校生の全国大会にこれほどお金がかかること自体問題ではないだろうか。しかも野球だけが特別扱いだ。特別扱いは取手市だけの問題ではなく、どこの地区でもやっていることだし、新聞やテレビなどの報道機関も同じである。野球だけは県大会の決勝からテレビで放映するし、新聞も大々的に書き立てる。こうしたことからますますお金がかかるようになってしまった面もあるかもしれない。
今年、取手市内では藤代紫水高校がハンドボールで、聖徳高校が陸上でインターハイに出場するそうだが、そちらについては壮行会の話もきかない。また、同じ藤高でもテニスやバドミントンなど個人競技でインターハイに出場する選手の壮行会も無い。野球だけが市長を先頭に市役所の職員を動員しての壮行会である。甲子園でもインターハイでも高校生の全国大会という点では同じなのだ。片方には多額の財政支援をして市長を先頭に市民をまきこんでの壮行会、他方には壮行会もなく参加費の補助も無いではあまりにも不公平ではないだろうか。みなさん、そうは思われませんか?
スポーツ振興の視点から支援すると言うなら、壮行会をする場合は全国大会出場の全ての競技者を一堂に集めて行い、野球以外の競技にも一定の財政支援をするべきだと思うのは私だけだろうか。団体競技はいくら、個人競技はいくらときっちり基準を決めて、それに従って支援すべきではないだろうか。ところが現在の取手市にはそのような規定はないそうだ。今後の検討課題だと思う。
05/08/01 まり子さん副市長に賛成したっけ?
昨日のことだ、友人の一人から「まり子さん副市長に賛成したっけ?」というメールが飛び込んできた。何のことだろうと思って電話をしてみると、「角田議員の市政レポート見たけど、副市長のところに賛成の○印がついてるよ。」と言う。「角田議員のレポート何で見たの?」と聞くと、新聞に折り込んであったというので、急いで新聞を見てみると、確かに角田議員の市政レポートが入っていた。その記事を良く見ると、それは副市長の報酬削減案についての賛否であった。その旨注釈もあるのだが、ざっと見ると確かに副市長の案件に賛成したのかな?と思ってしまう人もいるかもしれないと思った。表に題目が書いてあれば誤解も少ないのだろうが、題目が無いので、一見すると間違えるかもしれない。
この記事を見て、副市長に反対したのに何故副市長の報酬削減に賛成したのかと思われる方もあるかもしれないと思った。実は副市長の報酬削減案が採決される前に副市長廃止案の採決があって、報酬削減条例が採決される時点では既に副市長の存続が決定していたのだ。副市長が存続するなら、次善の策として報酬は削減してもらおうという意味で、私はこの条例案に賛成したのである。共産党などは副市長制度そのものに反対なので、報酬削減にも反対されたのだと思う。
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