
2006年 1月
06/01/22(日) 大 雪
06/01/15(日) どんど焼き
06/01/09(月) 初孫の写真 今日はオーストラリアの長男(我が家にホームステイしていた子)から初孫の写真を送ってきた。奥さんと息子の写真だ。生後3ヶ月ぐらいのかわいい男の子の写真に、私はすっかり参ってしまって、息子に頼んで携帯電話の待ちうけ画面にしてもらった。あう人ごとに自慢して見せてしまいそうだ。 06/01/05(木) 我が家のお正月 今年のお正月は最近では珍しく賑やかだった。二日に私の兄弟の家族が殆どそろったのである。アメリカにいる弟夫婦と九州にいる甥がひとり来られなかったが、あとは皆そろって母に元気な顔を見せに来たのだ。それに叔母(母の妹)と中国人留学生の許さんを交えて総勢18人のお正月である。 お正月のご馳走はこのときに合わせて作った。今年は私の得意料理であるローストビーフを大量に焼いたのだ。何せ18人分である。4キロのお肉を用意した。大蔵大臣は母である。大枚をはたいても子どもや孫たちに食べさせたかったらしい。それにポテトサラダ、これもジャガイモを10個以上使って鍋一杯作った。それをアイスクリームをすくう道具ですくって、ちいさな丸い形にする。その間にプチトマトを飾って出来上がり。鍋一杯作っても一人分は1個か2個しか出来なかった。午後4時ごろから私はサラダを作り、許さんと姪たちでローストビーフを切る。我が家では薄く切るのが好きなので、大量に切るのは大変なのだ。大さわぎをしながら切る。これもお祭りのひとつのようで、なかなか楽しかった。 あとは大晦日に煮ておいたお煮しめと自家製の漬物。お煮しめや漬物とローストビーフというのはおかしな取り合わせだが、野菜の煮物が好きな娘もいて、これがなかなか好評だった。半日かかって作ったお煮しめはこの一食ですべて無くなった。我が家の息子二人に25歳と高校生の甥、この若い男達はすさまじい勢いでお肉にかぶりつく。その食欲は見ていて気持ちがいいくらいだった。食事の前に兄の家族は帰ってしまったのだが、総勢14人がぎゅうぎゅう詰めになって8畳の茶の間で食事をした。二部屋に分かれようかという案もあったのだが、せっかく集まったのだからと皆でひとつの食卓を囲んだのだ。昔は子どもたちが小さくて、部屋に入ってもそんなにきつくはなかったのだが、大人14人は本当にぎゅうぎゅう詰めだった。もう学生も少なくなって、お年玉をもらったのは二人だけ。 翌三日は許さんが餃子を作ってくれた。私たちはこたつに入って箱根駅伝を見る。私は我孫子の中央学院大学を応援している。中央学院大はシード権をとれず結果は振るわなかったが、区間賞を二人も取ったので、来年は期待できそうだと思う。許さんの作ってくれた餃子はピーマンの餃子である。ピーマンとひき肉で作る。我が家でもマネをして作るのだが、手作りの皮がどうしてもきれいに出来ない。許さんは具の包み方もさすがである。茹で上がった餃子をおいしくいただいた。 午後から許さんと叔母と私の三人で、つくばのララガーデンに行ってみた。混んでいるとは思ったが、駐車場に入るのに30分もかかってしまった。お店から一番遠いところに車を止めて歩いていく。いろいろなお店をのぞいて、ちょっとだけ買い物をした。そのまま許さんを龍ヶ崎に送って家に帰る。 日本海側は豪雪で命を落とした人もいるというのに、我が家では買い物に行ったり、こたつに入ってテレビを見たりののんびりしたお正月だった。なんだか申し訳ないような感じである。 |