2006年 3月


06/03/29 送別会&お見送り
 今月は「ひとりごと」をずうっとサボってしまって、今日がはじめての記録である。議会報告を書くのが精一杯で、それすらまだ終わっていない。議会月はどうしても「ひとりごと」がお留守になってしまう。

我が家での送別会
 24日は我が家で、25日は友人と一緒に市内のお寿司屋さんで、許春燕さんの送別会をした。彼女は流通経済大学大学院で博士号を取得し昨日帰国された。北京では大学の先生なのだが、彼女の勤務する大学と流通経済大学が長い間交流を続けており、その一環としての留学である。お子さんを故国に残しての留学は、ご家族の協力無しには達成できないことである。20日の学位授与式には北京から夫君(ジャアさん:漢字は西の下に貝)も来日して参列された。送別会で「学位記」を見せていただいたが、素晴らしい成績で大学院の授業を終了され、学位論文に合格されたのである。日本語で学位論文を書くというのは、いくら優秀な彼女でも相当大変だったろうと思う。ジャアさん初めご家族の皆様もさぞお喜びのことと思う。

 24日は、私の手料理でご夫妻をお迎えした。前夜から準備をし、その日も午前中一杯かけて始めての料理に挑戦した。ちらかし魔の私のことだから初めて見えるジャアさんのために掃除もしなければならないし・・・と思っていたら、掃除は夫が担当してくれた。夕方お二人が見えて、みんなでお喋りを楽しむ。ジャアさんは日本語が出来ないので、許さんの通訳で話をする。とても優しそうな方で、にこにこと話をされる。私の手料理を覚えたての日本語で「オ・イ・シ・イ」と食べてくださった。留学中のご家庭のことから、日本と中国の習慣の違い、ご夫妻で行かれた北海道の話、日中の政治問題など、話はあちこち飛びながら夜まで続いた。もうすぐ許さんが帰国してしまうと思うとちょっと感傷的な気分になる。「私の妹」と言ってお付き合いしてきたのだから、寂しさにとらわれるのも致し方ない。でも、母国でお母さんの帰りを待っているティユンティユン(娘さん)のことを考えれば、私が寂しいなど口にすべきではないのだ。

左からマオさん、許さん、ジャアさん、私
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お寿司屋さんで
 昼食の時間に八千代に住む友人マオさんと許さんご夫妻の送別会をする。ジャアさんがお寿司が好きだとのことなので、お寿司屋さんにしたのである。マオさんは2年半ほど前にお継母さんの娘捜しで許さんにお世話になったので、遠いところを送別会のために駆けつけてくれたのだ。この日、許さんは学位授与式に着られたというチャイナドレスを着て来られた。何年もお付き合いをしているが、許さんのチャイナドレス姿を見るのは始めてである。とてもよく似合ってステキだった。マオさんの主宰するミュージカルに参加させていただいた私の息子も交えて2時間ほど楽しい時を過ごす。


成田空港へ見送り
 28日午後成田から北京に発つお二人を見送りに行く。今までも何回も留学生を見送ったが、今回はとても嬉しい見送りとなった。嬉しいというのはジャアさんの日本人に対する見方が変わったという話を聞いたからである。今、日本と中国は関係があまり良くないので、許さんが外出して中国人だと分かると日本人からいじめを受けるのではないかと心配していたというのだ。
成田空港にて 右端は同じ留学生の郭さん
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しかしジャアさんが来日して10日ほど日本に滞在する中で、大抵の日本人は中国人留学生に意地悪などしないし、むしろ親切であるということが分かったというのである。出発の前日も見ず知らずの日本人から親切を受けたという。中国大使館の教育担当の部署へ行かなければならなくて場所が分からず迷っていたら、建物の2階から声がかかったのだそうだ。「どこへ行きたいのですか?」と聞かれて場所を言うと、「そこは分かりにくいから家内がご案内します」と言って、2階から奥さんが降りてきて目的地まで連れて行ってくれたというのである。「中国人なら普通こんなことはしないのに」とジャアさんが大いに感激したそうだ。こうして人と人が個人的に繋がることが国際交流では非常に大事であると、お互いに認識した一幕である。国に帰ったら日本語を習いたいと言ってくれたジャアさんの笑顔が忘れられない。