2001/12/29 おせち料理
我が家は今日でほとんどおせち料理の準備が整った。ずいぶん早くて手回しが良いようだが、実は「お袋のおせち」なのである。今の子どもたちはおせち料理などあまり食べないし、私もあんなに手の込んだことは得意ではないし・・・その結果が『お袋のおせち」なのだ。つまり、生協に注文したおせちの品々が今日届いたと言うわけである。昆布巻き・だてまき・きんとん・田作りその他もろもろ。いつも元旦の朝に袋から出してお重に詰め、『おせち料理できたよ。』となるのである。家で作るのはお煮しめぐらいのものだ。お煮しめだけは、一品ずつ別に煮て詰め合わせる。今年もそれだけはやろうと思っている。こちらはオフクロの味だ。
2001/12/28 新居完成
新居完成というと聞こえはいいが、新居というのは私の新居ではなく、我が家のワンちゃんの新居である。我が家のワンちゃん、名前はロロという。『錦の中の仙女』とう物語の主人公の名前をとって付けた。御年14歳と10ヶ月、かなりのお爺さんだ。散歩の時などはまだまだ元気なのだが、近頃の寒さは身に応えるらしく、朝など体をプルプルと小刻みに震わせているのだ。私はこの冬になって初めて気づいたのだが、よく散歩に連れて行く甥は「去年も震えていたよ。」という。寒さを防ぐためには風の入らない家が必要だろうと言うことで、新築と相成ったわけである。
ロロは今まで鉄格子に囲まれた小屋の中で生活していた。今までの家は、広さは広いのだが、天井が高くて風通しもよく、夏向きに出来ていた。夏の暑いときはコンクリートにお腹をつけて、ゴロリと横になっていたが、冬は日当たりの良い板張りの床を選んで過ごしていた。
ロロ小屋を冬向きに改装することになり、板張りのところに組み立て式の犬小屋を買ってきて設置したのだ。新居の床にはカーペットの切れ端と毛布を敷いてやった。これで寒さも大分和らぐことだろう。「ゆきやこんこ」の歌の中では『犬は喜び庭かけまわり」となっているが、15歳ちかいご老体ともなれば、犬でも寒さが身にしみるのかもしれない。
環境の変化に驚いたらしくなかなか新居に入らなかったが、夕方見てみたら、入り口から首だけ出して、いい気持ちそうに寝ていた。これでめでたしめでたしかな?
2001/12/28 どうしてなの?
この間ホームページのファイルを整理したときから何故か過去の討論原稿のページが表示されなくなってしまった。ホームページビルダーで作っているのだが、このソフトでプレビューすると、ちゃんと表示されているのに、ネット上では表示されない。何故なのだろう。ここ数日いろいろいじって見るのだが、まだ直らない。サイトマップを作って見たら、そこでは、過去の議会記録のページからちゃんとリンクが貼られているのに。
このページを見ようとしてくださった方には本当に申し訳ないことになっている。なるべく早く直そうと頑張っているので、もうしばらくお待ちいただきたい。
2001/12/26 落ち葉はき
一昨日から年末恒例の落ち葉はきを始めた。なにしろ秋にも落ち葉を集めていないものだからその量は半端ではない。数センチ、場所によったら十センチ近くも積もっているところがある。熊手で集めて大きな籠に入れ、焚き火のところまで運ぶ。その繰り返し。
この前、近所のおばあちゃんが「畑に入れるので柿のはっぱが欲しい」と言っていたのを思い出して、「今落ち葉をはいているので今なら集めやすいよ」と連絡すると、すぐに集めにきた。そのおばあちゃんが、厚く積もった柿の落ち葉の下からかわいらしい草の芽を発見して、「これ何の芽?」という。薄緑で弱々しい色をしている。まだ1センチにもならないその芽は福寿草のものだった。
春一番早く花を咲かせる福寿草はもう春の準備をしている!
あちこち集めていると、落ち葉の下から出てくる出てくる、かわいらしい草の芽。ヨモギはそろそろ草もちが出来るくらいに伸びているし、タンポポは地にぺったりとへばり付いて、寒い北風をよけている。いつもは気をつけて見ていないので見落としていたが、自然は既に春の準備を整えているのだ。
不景気ですっかり冷え込んでいる人間世界にも近いうちに春がくるのだろうか。どこかで春の準備がすすんでいると良いけれど・・・ などと考えながらはっぱを集めた。
2001/12/18 また来たウィルス!
12日にやっとパソコンが復旧したばかりなのに、またまたウィルス騒動です。今日はウィルス付のメールが来て、私がその添付ファイルを保存してしまい、開いたところで感染したようです。大抵の添付ファイルは開かないのですが、その人から少し前に「このホームページのカウンターを直すための添付ファイルを送りましょうか」というメールが来ていたので、そのファイルかと思って開けてしまったのです。おかげで多くの方に多大な迷惑をかけてしまいました。受信トレイに残っていたメールの差出人のところにウィルス付のメールを送ってしまったのです。その上、それまであった受信トレイのメールはすべて無くなってしまいましたので、どなたに送ってしまったのか分かりません。私が把握している範囲で電話をして、メールを開けないようにお願いしたのですが、みなさん大丈夫だったかどうか心配です。
私のところは駆除ツールをダウンロードして対処したのですが、Meを使っているので、システムの中にバックアップをとってしまうらしく、バックアップの中のウィルスを削除して、やっと元のようになりました。この作業で今日は午後いっぱいつぶれてしまいました。
どこの誰が、何の目的でウィルスメールなんか送るのでしょう。送った人にも何のメリットも無いと思うのですが。
私が送ったメールで被害を受けた方に、心からお詫びを申し上げます。
2001/12/12 たくあん漬け
きょうは議会運営委員会だけしか開かれなかったので、私は休み(メンバーでないため)。ちょうどよい具合に昨日干し大根が届いたので、今日はたくあん漬けをする。我が家のたくあんは昔ながらの漬け方で、糠と塩だけで漬ける。四斗樽にいっぱい漬けるので、大根の数はほぼ百本。自分で大根を干したこともあるのだが、芯があってうまくいかなかったことがあるので、近頃は干した大根を買って漬ける。
夫の兄弟がたくあん大好きで、毎年楽しみに待っているので、漬けるのにも張り合いがある。その他親戚に送ったり、友達に上げたりして得意になっているのだ。
大きな重石を三つ載せて一ヶ月ぐらい置くと食べられる。本当においしくなるのは二ヶ月ぐらい先だ。そのころにあちこちに送るつもりでいる。
2001/12/12 やっと復旧!!
11月26日以来調子が悪かったパソコンが、二日前にやっと復旧した。ウィルスつきメールを受け取ったと思い、その対策にインターネットエクスプローラーのバージョンアップをしようとしてダウンロードに失敗し、メールを送ることもインターネットの検索もできなくなっていた。マイクロソフトに電話をしてあれこれ指示してもらい、そのとおりにパソコンを操作してみてもちっとも直らなかった。マイクロソフトには3回電話をして、計6時間ぐらいいろいろやってみたのだが。結局ハードディスクを初期化して、最初からウィンドウズの入れなおしとなってしまった。作ってあったいろいろなデータをCDに保存し、ウィンドウズを入れてから、またそれをハードディスクに移す・・・面倒なことをやる羽目になってしまった。
さて、ようやくそれらをクリアして、これで大丈夫と思ったのに、まだインターネットにつながらない。プロバイダーに聞いたり、またまたマイクロソフトに電話したり。結局我が家のターミナルアダプタが古いため、そのドライバがウィンドウズMeに対応していないからではないかと言われ、アップデートすることになった。しかし、我が家のパソコンはインターネットにつなげないのだから他所からダウンロードしなければならず、友人の家に行ってみたりしたのだが、なかなかうまくいかずに今日までかかってしまった。
2年前まではパソコンも知らず、インターネットなど思いも及ばない生活をしていたのに、(それで何も不自由はなかったのに、)今ではパソコンなしの生活は考えられない自分がいる。毒されているなぁと言う気もするが、やはり便利なものは使うしかないと思ったりしている。
2001/12/3 内親王誕生と報道
12月1日の内親王誕生は、天皇家にとってこの上ない喜びであったにちがいない。特に皇太子妃にとっては、大きなプレッシャーに耐えながら八年も待ち望んだ赤ちゃんだから、喜びの大きさは例えようも無いだろう。それは私にも容易に想像できるし、ひとつの生命の誕生を祝う気持ちはあるのだが、報道のあり方には疑問を感じてしまう。
テレビは誕生から夜まで皇室報道オンリーになってしまった。新聞は大見出しで、雅子妃の幼少からのことを振り返ったり、友人・知人をはじめ、識者のインタビューを載せたり、それこそ皇室のオンパレードだ。これほどまでに大騒ぎをする必要があるのだろうか。内親王といっても、同じひとりの人間である。ニュース番組で報道する程度でよいのではないだろうか。その点、12チャンネルはニュースのみで特番は無かったようだ。一つの見識である。
同じ時、アフガニスタンでは飢えと寒さで死にそうになっている赤ちゃんが何人もいるのに、そちらの方はあまり報道されない。同じ人間でありながら、飢えに苦しむ赤ちゃんと、国中から祝福を受け多くの人に傅かれながら育つ赤ちゃん・・・
大きな報道の陰に隠れてあまり報道されないことに対しても、アンテナを高くして、できるだけ目を向けていくようにしたい。
2001/11/30 小さな友だち
私には小さな友だちが二人いる。YちゃんとMちゃんという小学6年生の女の子で、彼女たちは私のことを「真理子さん」と呼んでくれる。小学生から「眞理子さん」と言われるのは初めてだ。文庫の子供たちは「小泉おばちゃん」とか「小泉さん」「おばちゃん」と言う。
私はこの「眞理子さん」が、気に入っている。友だちという感じがして・・・ この二人の友だちとは、時々一緒にしゃべったり、勉強したりする。そのおしゃべりがとても楽しい。
この間は、私の結婚記念日にプレゼントをしてくれた。Mちゃんからは自分で描いた絵を表紙に貼ったノート、Yちゃんからはぺコちゃん・ポコちゃんの携帯ストラップだった。私の携帯電話にペコちゃんのストラップがついているのはその為だ。
昨日はYちゃんからメールが来た。昨日の「ウィルス騒動」を読んで、「あんまり無理しちゃだめよ」と言ってきてくれたのだ。「1日パソコンをいじってたなんて・・・・体こわしますよ!夜はゆっくり休んでください!」と書いてあった。こんなおばさんの事を心配してくれる優しい友だちなのだ。この「ひとりごと」に、可愛い読者がいてくれると思うと更新にも張り合いが出る。
2001/11/29 ウィルス騒動
26日の朝、息子から「ウィルスが流行しているから気をつけろ」というメールが届いた。また心配してメールしてきたなと思い、すぐに「大丈夫、ウィルスバスターは常にアップデートしている」と返信して、不登校のメーリングリストを開けたら、早速今流行のW32Alizウィルス付きのメールが来ているではないか。問題のメールは大急ぎで削除したが、このウィルスはメールをプレヴューしただけでも感染すると息子からの忠告に書いてあったので、さては息子への返信にもウィルスが付いて行ってしまったかと思い、大慌てで電話で知らせた。息子のところにも他のメーリングリストからウィルス付きのメールが来ていて、ウィルスバスターが検知したとのことだった。私のパソコンでは何故かウィルスバスターが検知していなかった。
昨年ウィルスによってパソコンが壊され買い換えるはめになったことが思い出され、「これは大変!」とウィルス対策のホームページなどを見て、あれこれやってみた。そのうち、インターネットエクスプローラーをVersion upすれば良いというのを見て、ヴァージョン6にしようとダウンロードしたのだが、そこで問題が発生した。ダウンロード中に一部切断されたのか、エクスプローラーが正常に働かなくなってしまったのだ。
パソコンのスイッチを入れると、ダウンロードに失敗したという表示が出るのだが、その指示に従って作動させようとしても問題は解決しない。システムの復元をしようとしてもエクスプローラーのエラーと出て、復元できない。それでは、コントロールパネルからアプリケーションを削除しようとすると、コントロールパネルが開かない。ホームページを見ることはできるのだが、検索まどに文字を入力することができないので、検索ができない。これでは殆ど用をなさないのだが。あとはマイクロソフトに聞いてみるしかないようだ。
こうして一日中パソコンに向かっていたら、目が疲れて胃がおかしくなってしまった。昨日はめまいもして、部屋がぐるぐる回って見えたりしたので、一日中パソコンから遠ざかっていた。今日、少しやってみようとしたら、今度は我が家のプレーカーが落ちてしまって、パソコンが使えなくなった。池のポンプの漏電だった。
メールは見られるので、例のメーリングリストを見たら、リストの置かれているサーバーでウィルスを除去しているので、私のところに来たメールからはウィルスが駆除されていたらしい。それで、ウィルスバスターが検知しなかったのだ。これなら何も騒がないで、そのままにしておけばよかったのだ。慌てて騒いでしまったばかりに、ダウンロードで失敗し、未だに問題が解決しないでいる。明日こそは何とかしなければ。
2001/11/24 分かってるよ!
今朝起きてすぐにメールを見たら、東京に住む息子からのメールがあった。タイトルは「リンク」となっていて、本文は「なぁ、リンクってあるじゃん?相手にちゃんと了解とった?」というもの。私のホームページのリンク集のことだ。勿論了解はとってある。早速返信を出す。「もち、とったさ。」と。それからすぐに追伸、「ご心配かけますなぁ」。
そのあと、なんとなく嫌な気持ちがした。子どもたちがよく言う「うぜぇ」だ。「リンク貼るのに相手の了解を取るなんて当たり前だろ。分かってるよ。」という気持ち。これは良く息子たちが中学生の頃口にしていた「分かってるよ!うぜぇなぁ」とおんなじだと思った。
「子どもの先回りをして心配するな」とよく言われるが、ついつい先回りしてしまう自分がいるのに、子どもに先回りされたら腹を立てている私。人間できてないなぁ。
2001/11/19 しし座流星群
今朝は2時に起きて、ベランダから空を眺めた。夕方かかってきた友だちからの電話で、茨城県は曇りだと聞いていたのでちょっと心配だったが、見上げた空には星がキラキラ瞬いていた。しばらく見ているとあっちでもこっちでも流れ星がスーッ、スーッと流れていく。キラッと輝いてスーッと流れる。小さいのや大きくて明るいの・・・
パジャマの上に半纏を引っ掛けて見ていると、ゾクッとするほど空気が冷たい。素足だったので足の裏から冷えてくる。しばらく見ていてから階下に降りて、裏の駐車場へ行ってみた。ベランダから見る空は半分屋根に隠れて狭かったが、駐車場から見るとずっと広い。北東の空に北斗七星がひしゃくの柄を下にして光っていた。
私が子どもの頃は、この辺りでも天の川がくっきりと見えたものだが、最近は周りが明るくなったせいか天の川は殆ど見えなくなってしまった。それでも今日は流れ星がたくさん見られて、まだまだきれいな空が残っているのかなと思った。
2001/11/18 中村医師の講演会
昨日は二人の息子を誘って、アフガニスタンで永いこと診療活動を続けてこられた中村医師の現地報告を聞きに言った。会場は社民党の本部のある「社会文化会館」大ホール。定員を大幅に上回る参加者で、ステージの上にまで聴衆があふれた。参加者はそれこそ老若男女さまざま。
中村医師は、飢餓に瀕しているところで数十万人に食糧を援助し、病人の診療をやっておられるエネルギーがどこから出てくるのかと思うような静かな語り口の方だった。
スライドを上映しながらの報告は、新聞やテレビで言われていることとはかなり異なるもので、メディアの報道の仕方には批判的な発言をされていた。タリバーンの撤退に伴ってアフガニスタンに多くのNGOが入って食糧の援助をしようとしたが、入ることが出来ないので援助も出来ないでいると言う報道がなされた。しかし、現実はペシャワール会だけはアフガニスタン領内に入ることが出来、1000トンに上る食糧支援を行ったのだそうだ。そのことは全く報道されていないらしい。多くのメディアは、アメリカの政策に沿った形での報道をしている、カブールが解放されて市民が喜んでいるという報道も、報復攻撃をする側の論理に沿ったものだと言われた。旧日本軍が南京に侵攻したとき、中国の人たちが日の丸を振って出迎えたのと同じだろうとのこと。そうしなければ何をされるか判らないからやっているのだと言う。現地で活動しているペシャワール会の人が、カブール解放の際に殺された数多くの一般市民の姿を見ているのだそうだ。「各地のメディアの報道よりも私は現地で活動している仲間の報告を信じます」と、明言されたのが強く印象に残っている。私たちは何が真実か見極める目をもたなければならないが、それは非常に難しいことでもあると思う。メディアが発達すればするほど、情報の取捨選択も難しい。
中村医師の現地報告はこちら
昨日のものではないが、内容はほぼ同じ
2001/11/15 加藤哲郎のネチズン・カレッジ
今朝久しぶりにネットで「こども医者いしばしりょうこのページ」(本ページのリンク集参照)を見ていて、「加藤哲郎のネチズン・カレッジ」というページに出会った。一ツ橋大学社会学部教授のホームページだ。ひとりの研究者のホームページなのだが、驚くべき情報量と更新の早さだ。アクセス数もすごい!1997年からの4年間で22万7千を超えている。今朝はほんの少し覗いただけだが、専門家としての政治学のページ以外に、今回のアフガン戦争関連記事の内容と更新の早さにはビックリした。反戦の立場が貫かれている。これから少しずつ見させてもらわばければ。リンクフリーとあったので、私のリンク集にも早速リンクを貼る。
2001/11/9 藤代町小・中学校音楽会
夫が卓球を教えている小学生に招かれて、町の音楽会に行って来た。昔私も音楽主任だったことがあって、この音楽会を運営していたことがある。その頃とは大分趣が異なっていた。午後まであったのだが、私は午前の部だけ聞かせてもらった。
各学校の合唱だったが、たいていの学校で子供が伴奏をしていた。昔はこんな光景は殆ど見られなかったのだが。子供たちに対する音楽教育は、昔に比べてはるかに進んでいる。私に来てほしいと言っていたお嬢さんも伴奏をした。ちゃんと指揮者を見て弾いている。余裕があるなぁと感心してしまった。私も教員になりたての頃伴奏をさせられたことがあるが、必ずどこかで間違えてしまうのだった。
今日の音楽会で一番心に残ったのは、藤代中学校3年生の合唱だ。自作の歌だという。藤代中学校では全校生徒が参加する合唱祭があるが、その際3年生は各クラスとも自分達で作詞作曲した歌を歌うのだそうだ。単なるメロディーだけでなく、合唱曲にするのは大変なことだと思う。勿論伴奏もついている。作曲まで自力でやって、オリジナルの合唱曲を作るなんて、私たちの頃には考えられないことだ。長期間準備をしてその日に臨むという。音楽の先生がよほど力を入れて指導しておられるのだろう。
今時の中学生は覚めているだのシラケているだのと言われて久しいが、どうしてどうして。みんな一生懸命に歌っている。指揮者も伴奏者ももちろんクラスの子だ。プログラムに書かれた指揮者の名前を見ると、なんとわが「谷中子ども文庫」のOBではないか。指揮をする男子は曲想を表そうと懸命だ。クラス全員は指揮者を中心に心をひとつにして歌っている。この姿にはジーンと来るものがあった。昔から私はこういう場面に弱いのだ。
2001/11/7 朝
時計が6時をまわる。朝日が昇って東の空を金色がかった橙色に染めている。小鳥の声がちいさく聞こえる。それ以外は殆ど物音が無い。静かだ。窓からみても空気が澄んできたのが分かる。斜めに差し込む光が、目の前の白木蓮の葉にあたって、葉の裏側がオレンジがかって見える。向かいの家の屋根が黒いシルエットから次第に色づいてきた。
明るい水色の空のあちこちに、ちぎった綿のような雲が浮かんでいる。光のあたる方は明るいクリーム色で、反対側は少し黄色っぽい灰色。こうして見ているうちにもどんどん色が変わっていく。
窓のすぐ外側を、いま小鳥の影が横切った。なんという鳥だろうか。黒い影となって直線的に飛び去っていった。
2001/11/4 おでん
昨日は、佐倉まで講演会を聞きに行ったが、講演会が夕方終わっても夕食は安心だった。夕べの献立はおでんで、夫が作ってくれるからだ。我が家ではおでんの時はいつも夫が作る。たまに私が作ると、「今日のおでん誰が作った?おかあ?」と息子が不満げに言う。息子はおでんが大好きで、おでんの味にはうるさいのだ。私の場合は夕方から作り始めて夜食べる。しかし、夫は朝から作り始めるのだ。一日中、火にかけたり、火を止めて味をしみこませたりしながら、コトコト煮込んで丁寧にアクをすくう。大根やサトイモは中までしっかり味がしみている。おでんに関しては完全に私の負けだ。
2001/11/1 ジョーン・バエズ
9月11日の同時多発テロ以後、息子と戦争について話す事が多くなった。そんなある日、アメリカの新聞広告に「WE SHALL OVERCOME」という文が載ったと言う新聞記事を見て、ジョーン・バエズを思い出した。私たちが青春の頃はフォークの全盛期で、ジョーン・バエズは一世を風靡していた。彼女の歌う反戦歌はベトナム戦争と結びついて、私たちの世代には懐かしいものである。さっそく彼女のCDを買ってきて息子にも聞かせた。彼は「花はどこへいった」と「風に吹かれて」がいいと言う。私は、「花はどこへいった」「CARRY IT ON」などが好きだ。ジョーン・バエズの澄んだ歌声は心にしみるものがある。今、車の中で毎日聴いている。
2001/10/31 子供の本の勉強会
先月は欠席してしまったが、今日は5人の参加で楽しいひとときだった。いつもおしゃべりが多くなってしまうのだが、今日は本を沢山持ち寄って、まじめに勉強してしまった! 文庫開設以前に購入した、古田足日著「宿題引き受け株式会社」など懐かしい本も出て来た。この本はもうかなりボロボロになっている。発行年を見ると、なんと1968年とある。もう30年以上も前の本だ。私以外の参加者は、当時まだ10歳ぐらいだったそうだ。
絵本や少年少女向きの小説も紹介してもらった。私も昔は子どもの本を随分読んだ時期があったが、このごろはさぼってしまってちっとも読んでいない。仕事関係の本ぐらいしか読んでいないのだ。老眼になってしまって読むと目が疲れると言うのもあるが・・・ もう少し子どもの本にも触れなくては。
2001/10/27 草取り
その1
ここ数日庭の草取りをしている。今日は文庫のまわりを取る。大きなクスノキの落ち葉が数センチも積もっているので取りにくい。いかに庭掃除をさぼっているかがわかる・・・ その落ち葉の中に、小さな木の子どもたちが数え切れないほど生えていた。ビワ、ピラカンサ、モッコク、松などなど。特にビワの木が多い。子どもたちが食べて、そこに種を吐き出したのが揃って芽を出しているようだ。4,5センチにのびて、葉っぱを数枚つけている。茎はまだまだ細くて、爪楊枝ぐらいしかない。
かわいい!と思ったが、見とれているわけにも行かず、全部育てることも出来ないので、それらを抜き取ってしまった。せっかくフカフカの落ち葉のベッドのなかで気持ちよく育っていたのに。抜いてみるとさすがに木だけのことはある。草とは違う根の強さだ。こうやって何十年もかかって自然の森はできていくんだななどと思いながら草取りを続けた。でもまだまだ終わりそうも無い。あと4,5日はかかりそう。
その2
草取りをしていて、先日ハチにさされてしまった。ぼうぼうの草を鎌でバサッとやった瞬間チクッときた。草の中からアシナガバチが1匹飛び出した。やられた!と思って、すぐにさされたところを口で吸ってみる。たいして腫れなかった。あとで聞いたところによると、今ごろのハチは死ぬ寸前で毒も弱くなっているのだそうだ。
鎌で草を掻き分けてみると、ハチの巣があるのではなく、枯れかかった菊の葉に20匹ぐらいのハチが固まってくっついている。急いで灯油をもってきて、上からバシャっとかけた。ハチは見る見る死んで、土の上に落ちていった。
その時思った。空爆だと。ハチは突然私の鎌で襲われて、正当防衛で私を刺した。それなのに、寒さをよけてしがみついている避難所を、何の前触れも無く灯油の雨が襲ったのだ。ハチに取ったらアメリカの空爆と同じだろう。ハチは言っているかもしれない、何が反戦だと。
2001/10/25 ホームページ開設
このところずうっと掛かりきりだったホームページ作りがやっと終わって、アップしてみた。うまくいくかと思ったら、リンクの付け間違いがたくさんあってやり直し。一般質問や討論原稿のフォルダの置き方も違っていたため、ページが表示されなかったり・・・・ アクセスカウンタを付けるのもうまくできなかった。カウンタが付くはずのところに打ち込んだ文字がそのまま出てきてしまう。明日でもやり直すつもり。
システムのことなど何も知らない私が、自力でホームページを立ち上げるのはなかなか大変。でも結構おもしろい。これから、なるべく頻繁に更新をしていかなければ。