ひとりごと 2003




2003/1/24(金) バリアフリー?の携帯電話 
 先日携帯電話の機種を取り替えた。理由は携帯のメールが読みにくくなってきたので、大きな文字の機種にしたというわけである。この電話がやけに親切で、すべての操作が言葉で説明してある。今までの機種ではマークで記されていたようなこともすべて日本語で説明してあるのだ。メニューを開くと、「電話をかける」「かかってきた相手の電話番号を見る」といった具合である。それが大きな文字で出てくるのだ。これなら誰でも使えるなあと感心するほどだ。私は設定していないが、音声による説明もあるらしい。数字の書かれたボタンも「な」のところだけ少しくぼんでいて小さな突起が付いている。これだったら目の不自由な方も使えそうだ。誰にでも使いやすいということは重要なことだと思う。携帯電話のバリアフリーかなと思っている。


2003/1/21(火) アメリカで70万人の反戦デモ 
 18日には全世界的にイラク反戦を訴える行動が行なわれた。「活動報告」に記したように、私も日比谷の集会に参加してきたのだが、昨日サンフランシスコからの報告が届いた。「グローバル・ピース・キャンペーン」のきくちゆみさんからの報告によると、サンフランシスコでは20万人、ワシントンDCでは50万人規模の集会になったと言う。ベトナム戦争以来最大規模の反戦デモだそうだ。デモの当日、新聞に会場の案内図も出て地下鉄やフェリーの増発もあったとのこと。それが集会の成功の大きな力のひとつになったのだろう。反政府運動の為に交通機関が増発するなんて驚きだ。きくちゆみさんはその集会でスピーチをしたのだという。小さなお子さんを連れての活動に頭が下がる。
http://www.peace2001.org/で、右下のOpen−BoomerangをクリックするとVol.287に「きくちゆみ」さんからのメールニュースがある。

2003/1/20(月) ねじれ 
 先日の茨城新聞に取手市長選のことが書かれていた。現職の他に連合出身の候補者が立候補の予定だと言う。だが、その応援にねじれ現象が見られる。元自民県議の大橋市長を応援するのは民主党の小泉代議士、民主党の最大支持基盤である連合出身の候補者を応援するのは自民党の葉梨代議士だという。これでは選挙民はどう考えてよいのか分かるまい。有権者に対してどう説明するのだろうか。



2003/1/14(火) どんど焼き 
火をつける前 6年生による点火 燃え上がるどんど焼き おもち焼き
火をつける前 6年生による点火 燃え上がるどんど焼き おもち焼き

 1月14日は昔から鳥追いの行事が行なわれてきた。この辺では「あわんとり」とか「あわのとり」「とりおい」などと言われてきたが、最近では「どんど焼き」と言うようになった。この行事は農業に関わるもので、土の中の虫などを焼いて五穀豊穣を祈ると言うのが趣旨であったようだ。我が家では昔からこの日に餅をつき、椿の枝にさして飾る。その餅を「あわんとり」の火にあぶって食べると一年間風邪を引かないと教えられて育った。しかしこのごろは餅つきもせず、ならせ餅もしなくなってしまった。子どもが小さい頃はならせ餅を飾って写真をとったりしたのだが。

 谷中では昔は写真のような大きな「どんど焼き」は作らなかった。各家々で藁を燃したり、2、3軒で共同して燃したりしていた。同じ六郷地区でも大きなのを作る地区もあったのでうらやましいと思ったものだ。私が中学生の頃だったと思うが、隣町でこの「どんど焼き」の中で子ども達が甘酒を飲んだり、餅を食べたりして一夜をすごす風習があったのだが、中に人がいるのを知らずに火をつけて、子どもが一人亡くなったという事件があった。それ以後「どんど焼き」の中で寝ることが禁止され、行事そのものがすたれてきたのだが、ここ十数年ぐらい前からまた復活したところが多いようだ。

 谷中では子ども会がこの行事を行なうようになって、十年ぐらいは子ども会で行なってきた。しかし、子どもの数も少なくなり、農家の子がいなくなったりして、子ども会では出来なくなってしまった。そこで谷中の旧住民のおとうちゃんたちで作る「二七会」が2年ほど前にこの行事を復活した。わが夫は「二七会」の会長なので、ここ数日子供達に配るお菓子やみかんなどの買い物をしたり、竹を切りそろえたりと楽しそうに準備をしていた。

 今日は風も無く寒くもなくて絶好の「どんど焼き」日和になった。4時半をまわって6年生が点火すると、4、5メートルはありそうな「どんど焼き」に火がついて、ぼおっと燃え上がった。周りにいた子供たちから「おおっ!」と歓声があがる。しばらく燃えるのを待って、柱にした孟宗竹が燃え落ちたら一斉に餅をつけた竹を持って火の周りを取り囲む。煙が目にしみて涙を流しながら真っ黒になってしまった餅を食べる子供達・・・。その顔を見て満足そうな「二七会」の面々。今日はほんとに穏やかで良い「どんど焼き」になった。



2003/1/12(日) おばあサマ、星が見られました! 
 「おばあちゃん」はやっぱり霊験あらたかだった!これからは「おばあサマ」と呼ぶべきかもしれない。
 昨日は朝から晴れて、「星空たんけん」は大盛況だった。途中ちょっと雲がかかったが、しばらくするとまた晴れて星が現れた。楽しみにしていた土星の輪もくっきりと見えたし、昴もとても美しかった。冬の観望会は子供たちには少し寒すぎるかなと心配していたが、昨夜は寒さも厳しくなかったので、小さい子供たちもかなり遅くまで望遠鏡に張り付いていた。一緒に来た大人達も新たな発見に大感激。「星空をこんなに長い時間みていたことは無いので、星があんなに早く動くとは知らなかった」とか、青い星は年齢が若く温度が高いという説明をを聞いて、「星も若いのは青いんだ、人間とおなじねぇ」とか・・・。
 今回も我孫子の天文愛好家の方たちが協力してくださった。子供達にアンケートを配って、質問を受け付けてくださる。そして一人一人に回答を寄せてくださるのだ。こんなに丁寧にしていただいて、谷中子ども文庫の子供たちは幸せだ。



2003/1/9(木) お天気は「おばあちゃん」頼み 憧れのバラ星雲
 谷中子ども文庫では11日に第2回目の「星空たんけん」を計画している。それなのに・・・、それなのにである、何故かこの日だけお天気が悪いらしいのだ。この間からずうっと週間天気予報を気にしているのだが、いつもこの日だけ曇りになっている。雲があっては天体観測は出来ないのに!
この日は土星の輪もきれいに見え、木星の衛星も見える頃だと言う。オリオン座、ふたご座、ぎょしゃ座・・・、そして鳥のような形をしているというオリオン大星雲、更に憧れの「ばら星雲」(左の写真)も見えるかもしれないというのに、お天気が悪くてはすべてがおしまいだ。

 そこで、私のとっておきの裏ワザ登場である。それはもう40年近くも前のことになる。私が大学の1年か2年の頃のことだ。高校時代の友人数人と一泊で海水浴に行くことになっており、天気予報が気になっていた。雨が降り続いていて、予定した日も雨の予報が出ていたのだ。そこで私は亡くなった祖母の位牌に向かって手をあわせ、「おばあちゃん、おばあちゃん、どうぞ○○日をお天気にしてください」と懸命に祈ったのだ。するとどうだろう、前日までの雨が嘘のように晴れ上がって、快晴となったではないか。海水浴の2日間はこの上も無い上天気に恵まれ、それ以後私はいつもお天気は「おばあちゃん」頼みなのだ。

 あれから数十年、教員時代の遠足のときも、子供会役員で遠足を企画したときも、私はこの「おばあちゃん」を頼りにしてきた。そして、「おばあちゃん」の威力はかなりのものであったのだが・・・、このごろは少し威力が弱まったような気がするのだ。それも仕方の無いことかもしれない、「おばあちゃん」にとって「かわいくてかわいくて仕方のなかったマリチャン」も、今では50代も残り少なくなったオバサンになってしまったのだもの。

 でも、私は拝む! 「おばあちゃん、おばあちゃん」を繰り返し、お線香をあげよう。お花もあげよう。庭の水仙を切ってきて、今からすぐに上げることにしよう。おばあちゃんよ、どうぞ11日は星の見えるお天気にしてください!!!



2003/1/2(木) 年の初めに「平和」を祈る 
 新しい年が明けた。「新年」という言葉には何となく明るい希望があるような感じがする。だが、本当に明るい年明けなのだろうか。今一番心にかかっているのはイラクと北朝鮮の情勢だ。アメリカは何としてもイラクを叩こうとしているようだ。北朝鮮は核をちらつかせての外交を展開しており、アメリカへの敵対心剥き出しの放送もあったという。こんな時こそ平和憲法をもつ日本の出番のはずなのだが、その日本はアメリカへの追随に終始している。我々国民ははイージス艦の派遣をも事実上許してしまった。憲法9条を今こそ生かすときなのに・・・である。

 中村敦夫氏のHPに次のような発言があった。「憲法は『護る』ものではなく、『実現』するものである。ヒモのついていない普通の人々が結集し、この努力を一から始めなければならない。」と。また加藤哲郎氏のHPのトップには丸山真男の戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性がある」という文言が掲げられている。「徴兵はいのちかけてもはばむべし、母・祖母おみな牢にみつるとも」(詠み人知らず)の短歌とともに、このきな臭い年の初めに深く心に刻みたい。そして、私も「母親のひとり」として、出来るところから小さな一歩でも踏み出さなければと思っている。今を戦前にしてはならないと強く念じながら・・・・。


「ひとりごと2003」のトップへ