ひとりごと 2003


2003/2/26(水) 私たちの税金を、アメリカの戦争にあげちゃうの?
 今日ネットサーフィンをしていたら、「私たちの税金を、アメリカの戦争にあげちゃうの?」というHPを見つけた。そこには前回の湾岸戦争のとき日本が支出したお金の一部がアメリカに行ってしまったということが書かれていた。クルド難民支援として湾岸平和基金に支出した5億ドル(日本円で約696.5億円)が実は全額アメリカに渡っていたということを当時の外務省北米局長が認めているという。アメリカは実際にかかったお金より多くの金額をよその国に請求したということも書かれていた。そのときの日本とドイツの対応が出ていたのだが、今のイラク攻撃に対する国連での両国の態度に重なって、日本のふがいなさが際立って見える。その部分を引用してみよう。  
日本、ドイツ、サウジアラビア、クウェートから集めたカネを合計すると、アメリカが実際に消費した金額を5割上回った。当時、ドイツのゲンシャー外相はこれを発見し、まだ戦争も終わらぬうちにワシントンに乗り込み、ホワイトハウスと国務省に対して数字の説明を求めて、追加支払いを拒否した経緯がある由だ。これはアメリカの主要紙すべてが伝えたが、「日本の新聞は全く触れなかった」。逆に、「カネだけで血を流さない日本に、議会をはじめとしたアメリカの不満、さらには怒りが増大する」といった報道ぶりであったことは、周知の通りだ。
 
 政府といいマスコミといい、どうして日本はアメリカに対してきちんとものを言えないのだろう。出来ないものは出来ないと言えなくては、パートナーシップとは言えまい。いつか対等にものの言えるときが来るのだろうか。

 それにしても今回イラク攻撃が行なわれると、湾岸戦争以上の戦費を要求されるだろうといわれている。一説によるとその額は1兆8000億円にも上るとのことである。その莫大な資金がイラクの人々を殺す為に使われるのだということを考えると到底認めるわけにはいかない。次のような箇所があったので、もうひとつ引用してみよう。
覚えていますか? 湾岸戦争では、私たちの税金がイラクの人々を殺すのに使われました
日本が湾岸戦争に出したお金は、135億ドル=1兆7550億円です。
アメリカ政府の湾岸戦争「最終報告書」では、日本の拠出は約100億ドルとなっていますが、それでもアメリカが出した約70億ドルを上回ります。つまり日本は、ちょっと付き合いでお金を出したという程度ではなく、この戦争にかなり深く関わってしまっていたのです。
 このお金でアメリカはイラクを爆撃し、10〜25万人が命を失いました。また投下した劣化ウラン弾の放射能は、いまも罪のないイラクの子どもたちの命を奪いつづけています。毎月7500人ほどの人々(殆どが子ども)が、十分な医療を受けられずに死亡しています

私たちは、政府の戦費拠出を止められなかったために、こんな形で戦争に参加してしまいました。

 殆どの日本人は、自分達の税金がイラクの人を殺す為に使われることを望んではいないだろう。それなのに小泉政権はアメリカべったりの姿勢をとり続ける。国民と政府の意思がそうとうにかけ離れていると思う。世界の流れは戦争反対・査察続行の方に動いている。この流れをより強いものにしていく為に、私達ひとりひとりが自分に出来る方法で行動すべき時なのだ。黙っていることは戦争に加担することになるのだから。



2003/2/21(金) これじゃあ見つかるわけが無い 
 今日、しばらく前に文庫の行事として行なった「第2回星空たんけん」のアンケートをまとめて送ろうとしたら、つい先日まであったアンケートの袋がなくなっている。確か茶の間の棚の上に置いたはずなのに・・・・。

 私はしょっちゅう物を無くして探し回っている。夫に叱られることもしばしばである。ああ、またか・・・と思うと気が重かった。自慢じゃないが、何しろ20年以上前には実印まで無くしたことがあるのだ。このときはお客さんがいたので、使った後ちょっと机の上に置いたままお茶を出したら、その間に1歳半ぐらいだった息子がその実印をゴミ箱に投げ込んだらしく、2日ぐらい経ってから、ゴミ箱の中から見つかったという経験の持ち主なのだ。それに引き換え、夫ときたらすべてきちんと片付ける人で、結婚以来20数年、物を無くしたというためしがない。どう考えても私のほうが分が悪いのだ。また怒られる・・・・。
 捨てるはずは無いのだが、もしも見つからなかったら書いてくれた文庫の子供達に申し訳がない、どうしようと思いながら、夫には気づかれないように探していた。1時間ぐらい探し回っても見つからない。もしや2階の私の仕事部屋かと思って、2階も探したがやっぱり無い。

 遂に観念して
「ねぇ、この辺に置いといた星空たんけんのアンケートが入った袋知らない?」
と聞いてみた。叱られるかなとびくびくしなら切り出してみると、意外や意外、たいして怒るふうも無く、
「ああ、俺もこの間この辺で見たよ。捨てるはずは無いんだから、どこかに紛れ込んでいるんじゃないか。」
と一緒に探し始めた。しかし見つからない。あきらめてあとで探すことにして掃除を始めた。

 掃除機を使いながら金庫のそばまで来て、アッと思った。そうだ、この前兄から電話がかかってきて、金庫の書類を出して電話のそばまで持って行ったことがあった。もしかしてあの時アンケートの袋も一緒に金庫の中に入れてしまったのかも・・・と気がついて開けてみると、案の定重なった書類の一番下に薄茶色の袋が鎮座ましましていた。ああよかった、ホッとした。でも、金庫の中にしまいこんであってはいくら探しても見つかるわけが無い。このとき掃除機を使わなかったら、何時までも思い出さなくて、ついに子供達に平身低頭謝るはめになったかもしれない。

 いつもいつも思うのだ。何でもきちんと始末しなければいけないと。教師時代もよく
「お前よくそれで子ども達を教育できるね。整理整頓なんて先生が一番出来ないって子供達にばらしちゃうぞ。」
と家族に言われたものだ。
 それにしても見つかってよかった。またどこかに行ってしまわないうちに早速明日送ることにする。



2003/2/17(月) 1000万人 
 しばらく「ひとりごと」を休んでしまった。議会報告会・女性議員と語ろう・全員協議会などがあった上に、息子の家探しで何度も東京に行ったり、確定申告の計算をしたりで結構忙しかったのだ。昨日息子の家も決まり、確定申告の準備もほぼ終わったので、一段落ついたところだ。

 2.15のイラク攻撃反対集会には残念ながら参加できなかった。参加した友人から、「デモが始まると何処にいたのだろうかと思うくらい列が伸びていきました。」、「今朝は新聞に目を通してからこのメールを打っていますが、朝日は一面にロンドンの集会を、社会面に渋谷の集会を、1.18の時よりもかなり大きく扱っていて、大きな岩が動き出す前兆を感じました。少し前に感じていた私の中の無力感は、霧が晴れるように溶けていっています。参加して良かったと思いました。」というメールをいただいた。

 この2.15集会も世界共同行動で、報道によると全世界では1000万人の人が反戦デモに参加したそうだ。これはベトナム戦争以来のことだ。東京のアメリカ大使館前には連日大勢の人が集まって、イラク攻撃反対のアピールをしているという。それでも他所の国に比べると日本の反戦デモ参加者はかなり少ない。世論調査では7割ぐらいの人がイラク攻撃に反対の意思を示しているが、デモとなると抵抗があるのか、ヨーロッパの国々のように大きなうねりにはなっていない。あるメーリングリストの投稿によると、「米英に同調したスペインでも、100万、200万のデモが行われたというのは、上位二紙エル・バイスとエル・ムンドが政府批判の論陣を張って、大衆をバックアップしたおかげもあると思います。」とある。ジャーナリストがどのようなスタンスで報道するかは、国民の行動に大きく影響するのだから、官の側に身をおくのでなく、我々民の側からの報道を期待するものである。

 そんな中で、今日の東京新聞の社説は素晴らしかった。アメリカにへつらうことなく、言うべきことをきちんと述べている。日本の政府関係者もこれくらいのことが言えなくては困るのだ。唯一の被爆国であり、憲法9条を持つ国としては、武力での解決をさけ、平和的な解決をさぐるよう、アメリカを説得すべきだろう。それなのに、今日の小泉首相・福田官房長官、川口外務大臣の発言には憤りを覚える。



2003/2/5(水) ミュージカル「森のおく」 
 1日のことだが、友人が主宰する劇団MAOMAOジャングルの旗揚げ公演「森のおく」のリハーサルを見に行った。このミュージカルは二つの意味で私にとって重要な公演だ。一つは友人の主宰する劇団の旗揚げであること、もう一つはわが息子の参加するはじめてのミュージカルであることである。
 場所は埼玉県の「さいたま芸術劇場」。初めて行ったのだが、とても素晴らしい会場だった。大小のホールがあるのだが、「森のおく」の上演に使う小ホールのつくりが気に入った。客席は前の人の頭が気にならないように、階段が急になっている。客席のすぐ前まで円形に張り出した舞台は、うまく使えばとても面白い演出が出来るのではないかと思う。

 取手駅から芸術劇場のある与野本町までは2時間以上かかるのかと思ったが、接続が良かったせいもあって、1時間ちょっとで着いた。着いたときは場面場面での役者の位置を決めたり、効果音を合わせたりしていた。まだこの舞台でやるのは初めてのようだった。キャストは初めてミュージカルに取り組む人が多いと聞く。いままでかなり練習してきているが、大きな会場ではやや声が小さかったのではないだろうか。

 でも、みんなが練習しているのを見て、心が躍った。なんだかワクワクしてくる。昔、学生時代に人形劇や影絵劇をやっていた頃のことが浮かんでくる。私もいっしょにやりたい!と思った。舞台は総合芸術だ。みんなで一つのものを作り上げる。形としては残らないが、時間を共有し観客の心の中に大きな実りをもたらす。そしてキャストにとっては自分を解放するときでもあるだろう。

 初めての通し稽古だったのかもしれないが、「通し」はそれまでの場面ごとの練習よりずっと良かった。全体におどりはイマイチだったかもしれない。振り付けも再考するとのことだし、これから完成していくのが楽しみだ。台詞は人によって差があった。役になりきっている人と、もう一歩と言う人がいる。これもあと2ヶ月で仕上がっていくだろう。

 我が息子は効果音の係である。はじめ見学に行って、少し手伝うつもりが音響をすべてまかされることになってしまったのだ。親の私としては、「もしも本番で失敗したら」などと心配してしまう。入場料をいただく公演なので、失敗は許されないのだ。こんな立派な劇場で機械を扱うのも初めてなのに、ひとりで大丈夫なのだろうかと思ったが、やってみるとかなりうまくいったので一安心だった。

 片手の指をスイッチに当て、台本と自分が作った音響の進行表を睨みながら、舞台にも目をやっている・・・。あんなに真剣な息子の顔は見たことが無いくらいだ。あの朝、目覚ましの電話を頼まれていたのだが、私が電話したときにはもう起きていた。その日の朝3時まで細かい準備をしていたと言うのに、時間になる前に起きるくらい気を張っていたらしい。普段ならいくら起こしても起きない息子なのだが。

 とにかく何とかやれそうで、母親としてはホッとしている。通し稽古が終わって、劇団の人たちと一緒に食事をして帰ってきた。私も当日は受付を手伝うことになっている。



2003/2/4(火) スペースシャトル「コロンビア」に核物質? 
 私の属しているメーリングリストに以下のような記事が流れてきた。
    National Public Radio によると空中分解したスペースシャトル、コロンビアには
    核物質が積まれていたとのことです。
    回収作業では、破片の放射能をテストしている模様です。
    グローバルネットワークは、2月3日月曜日、NASAに情報公開を要求し、
    どんな核物質が、どれくらい、どのような目的で搭載されているのかを追及しています。

これは大変な問題だろう。コロンビアからの落下物に触った人が何人も病院に行ったという記事をネットで見たが、落下物が放射能に汚染されていたからなのだろうか。何十人もの人が火傷や呼吸困難を訴えており、わけのわからない症状の人もいると「スター・テレグラム」という地元紙が報じているそうだ。この件は日本のメディアでは報じられていないようだが、重大な問題だと思っている。



2003/2/3(月) コロンビアの事故 
 1日の夜中にスペースシャトル「コロンビア」の事故を知った。何ということだろう。青い空に真っ白な航跡を残して・・・・ そしてその白い筋が先端でいくつもに分かれて落ちていった。原因究明はこれから行なわれるのだろうが、人類にとって宇宙とはまだまだ危険がいっぱいのところなのだとつくづく思い知らされた。ここ何回か、まるで飛行機の着陸のように自然に地球に帰ってくることが続いたので、気の緩みがあったのだろうか。毛利さんや向井さんはとてもひとごとではあるまい。車の中で聞いたのだが、毛利さんは宇宙に行くとき遺書を書かれたという。それだけの覚悟をして搭乗されたのだ。今回の方たちもきっとそのような覚悟で搭乗されたのだろうが・・・・。本当に尊い命を失ってしまった。ただご冥福をお祈りするばかりである。

「ひとりごと」のトップへ