ひとりごと 2003


2003/3/30 息子のスーツ姿 
 先日下の息子が来月2日の入学式に備えてスーツを新調してきた。成人式にも参加しなかったため、スーツは一着も持っていなかったからだ。今年は黒が流行りだとかで、黒の三つボタンのを作ってきた。クリーム色のシャツにグレー系のネクタイを締めて私の前に立つ。一人前のような格好をしても、まだまださまになっていない。スーツが体になじまないのだ。いつものTシャツにパンツスタイルでないと不釣合いな感じがする。それでもちょっぴりうれしそうな息子の姿を見て、私もなんとなくいい気分だった。


2003/3/26(水) 新聞奨学生終了 
 一年間新聞奨学生をやった下の息子が昨日帰ってきた。奨学生の部屋は狭かったので荷物もさほど無く、上の息子が自宅の車で迎えに行ってくれた。雨が降っていたので、積み込みはちょっと大変だったようだ。また、空いていれば1時間ぐらいで行けるところなのだが、年度末が近いせいもあってか道路が混雑していて、行きも帰りも2時間ぐらいかかったという。

 新聞奨学生は、自力で大学などに進みたい若者を支援してくれるシステムだ。新聞配達をすると学費が与えられ、食事・部屋代などのほか、月に10万円程度の給料が出る。我が家の息子の場合は休日が4週6休だったため給料は9万円ぐらいだったようだ。新聞社によっては12万円ぐらいのところもあるらしい。職住と学費の他にこれだけの給料がもらえれば、親に頼らなくても完全に自力で通学が可能だ。もし大学在学中の4年間これをやり通せば、就職の際に新聞社が人物を保障してくれるので就職率も良いと聞いている。ただし、理系の学生は実験等で帰宅が遅くなるので、この制度はなかなか使えないそうだが。

 我が家の息子は予備校生だったので1年で終了した。1年間朝3時に起きて配達するのはなかなか大変だったと思う。天気の良い時ばかりではないし、眠くて眠くてたまらない時もあったろう。しかし、このことに関しては一度も辛いとか苦しいとかは言わなかった。ただし、予備校生の本分は忘れたようだが。私の想像通り、「新聞は配達するが勉強はあまりしない」という状態で終ってしまった。それでも1年間社会人にまじって生活したことは、彼の人生に何らかのプラスをもたらしたのではないかと思っている。

 息子は4月から夜間の専門学校に通うことになっている。今度はアルバイトをしながら夜間学校に通うそうだ。


2003/3/21(金) 明日の準備&ワールドピース 
 議会中サボりにサボっていた家の掃除をする。明日からチェルノブイリ原発事故の被災地の子ども達が来日して、我が家にもホームステイするからだ。今年の子供達は7,8歳の小さな子だ。元気に成田まで来られるだろうかとちょっと心配。今ごろはそろそろ飛行機に乗り込む頃かもしれない。ベラルーシの田舎の町から首都のミンスクまで出て、ミンスクからモスクワまで夜行列車で一晩かかり、そのあとモスクワのシェレメチェボ空港から成田まで10時間近くかかっての大移動だ。小さな体で疲れきってしまうかもしれない。そんなことを考えながら掃除機を動かし、来客7人分の布団を干す。
 そうしているとき、前回の反戦デモに一緒に行った友人から電話がかかってきた。今日も芝公園で大規模な反戦行動があるから一緒に行かないかという誘いだった。
今日は明日に備えて掃除もしなければならないし、明日の食事の買い物もしなければならないからと断った。時間が許せば行きたかったのだが。

 今「World Peace Now 3.21」のホームページを開いてみたら、今日の参加者は5万人だったそうだ。これほどの人が集まったというのは本当にすごいことだと思う。『政府の見解イコール大多数の日本国民の考え』ではないということを世界に示したといえるのではないだろうか。毎日新聞社の世論調査によると65%がイラク攻撃に反対だとのこと。中でも20代、30代では80%以上が反対だと言う。しかし、60代、70代では50%台だとか。戦争を経験した世代の方が自分の経験に照らして反戦の気持ちが強いのかと思っていたのだが・・・・。


2003/3/19(水) 緊迫度を増すイラク情勢    
 昨日のブッシュ大統領の演説で、アメリカ軍のイラク攻撃が時間の問題となってしまった。シリアは大量の難民が押し寄せてくることを恐れて国境を閉ざしていると言う。外国人は国外に逃げられるが、イラク人は逃げられないのだそうだ。武器も持たず、何も悪いこともしていない普通のイラク市民が、戦争によって傷つき・家族を失い、財産を焼かれる・・・ ブッシュ大統領はイラクの人々のことをどのように考えているのだろう。アメリカは短期決戦で勝利するといっているが、短期で終るとは限らない。
田中宇氏はメールニュースで次のように述べている。
歴史上、世界の人々のこれほど強い反対を押し切って行われる戦争は初めて である。このまま3月20-22日ごろに開戦すると、イギリスとスペインは国内世論がさらに強く反戦に動き、早々に「同盟軍」から脱落する可能性がある。開戦後、戦争が長引いたり、米軍が戦争犯罪まがいのことをやっていることがマスコミに暴露されたら、ソマリア型の撤退を余儀なくされ、ブッシュは史上最悪の大統領というレッテルを貼られて敗北することになる。

 もし、アメリカの言うとおりに短期で終るとしても、多くの人々が筆舌に尽くしがたい被害を受けることに変わりは無い。前出の田中氏によると、アメリカとイラクが戦争によらない解決を秘密裏に行っているという情報もあるそうだ。もしこれが本当だったら交渉がまとまることを願うのだが。でも、交渉の内容によっては、アメリカ以外の国々にとって更に困難な状況を作り出さないとも限らないという気もする。

 この緊迫した情勢に、平和を願う沢山の人々がアメリカ大使館に抗議に行っているようだ。大使館は個人の抗議文でも受理し、本国へ送ることになっているということを先ほど知った。それなら、先日大使館前に行ったとき抗議文を持参すればよかったと残念だ。


2003/3/11(火) 大地讃頌 
 今日は町内各中学校の卒業式だ。私は藤代南中学校の卒業式にここ数年参列させていただいている。その卒業式でいつも歌われるのが大木惇夫作詞・佐藤眞作曲の「大地讃頌」だ。5年前の息子の卒業式にも歌われた。その時は湧き上がる歌声に体中震えるような感じがしたのを覚えている。今日もその歌が式歌として歌われた。目の前の男子の多くが口をしっかりあけて心をこめて歌っている。目が生き生きしている、唇に意思が感じられる、そんな歌い方の子ども達を見てうれしかった。歌わされているのでなく、自分から歌っている感じがあった。本当は脇からではなく、正面からこの合唱を聞きたかった。女子も交えた全体のハーモニーの中で聞いたらもっと素敵だったろう。正面で聞いていた保護者の方たちはきっと感動されたに違いない。

 昔私が教師だった頃、卒業式の式歌で大いにもめたことがあった。年配の先生方は「仰げば尊し」を式歌にすべきだと主張するが、私たち若手(当時はまだ若手だった)は、別の歌を歌わせたかった。第一、自分から「仰げば尊し我が師の恩」だなんて押し付けがましくてとても教えられないと思っていた。「何年もの話し合いの末、遂に『仰げば尊し』をやめたっけ」などと思い出しながら聞いた。やっぱり「大地讃頌」は素晴らしい。



2003/3/10(月) 情報操作 
 3月10日という日付を打ち込んでいるとき、「あっ、今日は東京大空襲のあった日だ」ということに思い至った。58年前の今日、アメリカ軍の爆撃によって東京は火の海と化した。そしてその下で多くの尊い人命が失われたのだ・・・・。それから58年を経た今、イラクで同じことが起きようとしている。

 昨日の「サンデープロジェクト」で、戦争の時の情報操作について報道していた。ベトナム戦争を自由に取材させたアメリカは、その時の報道によって戦争の悲惨さが世界に伝わり、反戦のうねりが世界中に広がって、結局アメリカ軍の撤退に繋がったという分析から、その後の戦争では徹底した情報操作を行なっているというものだった。特に湾岸戦争を始めるに当って、アメリカ議会が大統領に開戦の権限を与えたとき、操作された情報が大きな力を持ったという。クウェートから亡命したという15歳の少女の証言に次のようなものがあった。「イラク軍がクウェートに侵攻したとき、産院に押し入って、保育器の中の赤ちゃんを床に投げ捨てた」という涙ながらの証言だった。その証言がアメリカ議会でも多くの議員によって引用されたのだそうだ。ところが、後になってその少女というのはクウェートからの亡命者ではなく、クウェートの王族の親類で、アメリカ大使館所属の高官の娘だったということが判明している。戦争が終結した後、クウェートの病院を回ってその証言を検証したが、保育器の中の赤ちゃんを床に投げ捨てたなどという事実は無かったと言う。その証言は、政府と広告代理店が作り上げた全くのでっち上げだったのだ。こうしたでっち上げの情報によって、アメリカ議会は賛成が反対をやや上回る形で開戦を決定したのだそうだ。

 現在もイラクとアルカイダの関係などについて様々な情報が流れているが、その多くは作られた情報であるのかもしれない。この他にもいろいろな例があげられていた。情報操作の裏には世界的な広告代理店の暗躍があるらしい。

 湾岸戦争のとき、マスコミの取材はアメリカ軍の許可のもと、許された場所のみで行なわれた。つまり、爆撃によって亡くなった方の遺体などはきれいに片付けられたあとにマスコミの人間がはいり、「ここをピンポイント爆撃した」などと報道したのだという。その結果、まるで戦争ゲームのような空中映像だけが印象に残り、その下で傷つき命を失った人々がいたことに思いをはせることが難しい状態を作り出したのだ。そして、そのとき使われた劣化ウラン弾によって、今もイラクの人々をはじめ、戦争に行った米英の軍人の中にも放射能の被害に苦しむ人々がいるという事実は覆い隠されたいるのだ。

 情報操作がいかに恐ろしい事態を招くかと思うと、真実を知ることの大切さをひしひしと感じたが、私たち末端の人間にとって、操作されて流されてくる情報の中から真実を知ることは殆ど不可能だろう思われた。



2003/3/9(日) 日比谷の反戦集会に40,000人! 
 昨日は「World Peace Now 3.8」という大集会が全国的に行なわれた。中心会場の日比谷公会堂には約40,000人の参加者があり、デモに際しては先頭が出発してから最後尾が出発するまでに3時間もかかったという。前回の1.8の時は私も参加したのだが、そのときは約7,000人の参加者だった。今回その6倍ちかい参加者があったということは、それだけ危機感が迫り、反戦のうねりが大きくなったいるということだろう。残念ながら今回は用事が出来て参加できなかったが、日本でこれだけの大集会がもてたのは何時以来だろうか。小泉首相は前回の盛り上がりのとき、これらの反戦運動に対して「反戦デモでイラクが正しいという誤ったメッセージを送らないよう注意が必要だ」と発言したが、とんでもない。イラクを正当化することとイラク攻撃に反対することは全く別の問題だ。イラクがどのような体制にあるにせよ、そこに生活する人々を戦争に巻き込んで良いと言うことにはならない。
 私の属している藤代町議会でも一昨日「米国のイラク攻撃に反対し、平和的解決を求める意見書」を全会一致で採択し、内閣総理大臣・外務大臣・衆議院議長・参議院議長に宛てて送付した。全国から続々と同様の意見書が上がっていることと思う。政府はこれらの声に誠実に応え、平和的解決に向けて全力を傾注してほしい。



2003/3/5(水) アシビ(馬酔木)の花  
 我が家の庭のアシビが花をつけている。木によって咲き具合がが異なるが、写真の木は日当たりの良い場所にあるのでもう満開だ。すずらんのような形の小さな房状の花をいっぱいつけている。
 この木には毒性があって、馬が食べると麻酔状態になるということで馬酔木という名が付いているそうだ。葉は殺虫剤に、材は細工物にするという。別名はアセビ、アセボ、アセミ、アシミなど。
 白く清楚で、殆どの木々がまだ花をつけないうちに咲くことと、有毒で虫などを寄せ付けないということが気に入って私の議会での会派名にしている。かつては伊藤左千夫や長塚節らの根岸短歌会の機関紙名でもあった。



2003/3/4(火) チェーンメール 
 二週間ほど前のことだが、知り合いの議員から『イラク攻撃に反対する署名』なるものがメールで届いた。そのメールの下には何人かの署名があって、その下に自分の署名を追加し、出来るだけ多くの知人に送ってほしいというものだった。イラク攻撃には勿論反対なので、早速自分の署名をして、BCCで何人かの知人にメールを送った。翌日になって、ある知人からメールが届いた。その人も私からの依頼にこたえて何人かの人にメールを送ったのだが、その中の一人が「私はチェーンメールはしない」と言ってきたとのことだった。そのとき、あっ、しまった!!と思った。あれはチェーンメールだったのだ。そういえば、私が署名して何人もの人に送ったのだから、その一人一人に私の署名が付いているわけだ。つまり、同じ署名がいくつもいくつもあることになる。別の友人がこのことを指摘してきた。
 そうこうしているうちに、私の属しているメーリングリストでもこのことが問題になり出した。このような署名のあり方は問題だという意見が多数寄せられた。ということは、このチェーンメールは相当広範囲に行なわれたのだろう。結局あの署名はどうなったのだろうか。また軽率な行動を取ってしまった。ウィルス付きメール騒ぎもやったというのに!
 インターネットに不慣れなくせにすぐに飛びつくからこんなことになってしまうのだ。それにしても、初めに私にメールをくれた議員は、ネットにも詳しそうな方だったし、いつも信頼している方なので、私はちっとも疑問にも感じないですっかり安心してしまったのだ。これからはもっと気をつけなければ。
このことでご迷惑をおかけした方にはお詫び申し上げます。



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