
2003年 9月
2003/9/23(火) 壁
夫が主宰している「卓球クラブつばさ」の子供たちが、全日本選手権茨城県予選カデットの部に出場するので、夫と一緒に霞ヶ浦体育館へ試合を見に行った。各地区大会を勝ち抜いた子供たちが、13歳以下・14歳に別れ、それぞれ男女120人ぐらいずつ出場した。それに各地区からダブルスが3チームぐらい出ている。
「つばさ」には男子4名、女子2名が所属している。いずれも中学2年生だ。そのうちから男女それぞれダブルス1チーム、シングルスに女子2名男子1名が出場した。14歳の部だ。男子ダブルスは残念ながら1回戦敗退、女子も2回戦で敗れた。女子のダブルスはもう少し上にいけるかと思っていたので、コーチである夫も子供たちもがっかりしているようだった。
シングルスは男子が2回勝ち進んで、3回戦で惜しくも敗れた。3回戦目の第2セットは競り合いで、ジュースを繰り返し13対15で競り負けてしまった。このO君は中学1年の今頃から習いに来たので、本格的にやりだしてまだ1年ぐらいだから、ここまで行けば上等かなとも思った。相手の子は結局ベスト8まで勝ち進んだ。その子といい試合をしたのだから、彼にとっては良い経験になったのではないだろうか。
問題は女子のシングルスである。こちらは小学校の中学年から来ているのだから、ぜひ県大会を突破して全国大会に出場させたかったのだ。ところが、この学年の女子は、私たちが中学生の卓球に関わって以来もっとも強い子供たちで、幼稚園や小学校低学年から習っている子が上位に10人ぐらいひしめき合っているのだ。うちの二人もその中に入ってはいる。しかし、なかなかベスト8の壁を破れないのだ。ここを抜けてベスト4に入れば確実に全国大会に出場できるのだが、昨日も結局ベスト8止まりだった。全国出場5人の枠をめぐってベスト8で止まった4人が再試合をした。
「つばさ」のYちゃんもその中の一人だ。ここで2回勝てば5人目の代表枠に入ることができる。「さあ、がんばれ」と、お母さんたちが応援する。私もドキドキしながら見守った。夫はコーチとして台の後ろに座っている。いよいよYちゃん登場。私の席からはそれほど緊張しているようにも見えなかった。その時の相手は今まで殆ど勝てていない相手だった。相手のHさんは、その前の試合、つまり準々決勝で今回の優勝者を2−0と追い詰め、3セット目もリードしていて、初優勝かと思われる活躍を見せていた。結局第1シードだった優勝者に2−3で敗れてしまったのだが。そのHさんと、われらがYちゃんが戦うことになったのだ。Yちゃんは結構落ち着いて試合に臨んだように私には見えた。私の近くにHさんの応援団がいて大きな拍手をするので、私ともう一人のお母さんも、負けてはならじとYちゃんの好プレイには思いっきり拍手をした。その拍手がYちゃんのところまで聞こえたかどうかは判らない。それでも手が痛くなるくらい拍手をして応援した。結果は上出来。今までほとんど勝てなかったHさんを見事倒したのだ。
あと一歩だ。あと一人に勝てば全国大会に出場できる。私たちYちゃんの応援団は喜んだ。次の対戦相手はYちゃが得意とする相手で、いままでほとんどの試合で勝ってきている。これはチャンスが巡ってきたかと思った。ところが、ところがである。いつもドライブをかけたりして、こちらから攻撃していくのに、今日は攻撃が出ないのだ。相手のペースになってしまった。相手は守備がうまい。こちらからどんどん攻撃しなければ勝てないのだ。あとで聞いたところによると、これ一試合と思ったら、緊張して体が硬くなってしまったと言う。とうとう今回も壁を破ることはできなかった。あと一人というところまでいったのだが、全国大会への切符はつかめなかった。
来年こそ、ベスト8の壁を破ってほしい。それは誰に勝つのでもない、彼女が自分に勝つことなのだ。自分の弱さに打ち勝たなければこの壁は破れないと思う。この壁を破ったとき、Yちゃんは人間的にも一回り大きくなるに違いない。
2003/9/18(木) 黄白色の彼岸花
町内在住のUさんという方から、防災センターの近くの小貝川河川敷に黄白色の彼岸花が咲いているというメールをいただいたので、今朝の散歩は小貝川河川敷とする。車で河川敷に入り、防災センターの近くで降りた。降りるとすぐに赤い彼岸花を見つけた。これは我が家の庭にも咲いている。黄白色は?と探してみると、赤に混じってところどころに黄白色のが咲いていた。赤はよく見かけるが、黄白色の彼岸花というのを私は初めて目にした。なかなかきれいな花だった。赤のような派手さはないが、自然にマッチしていかにも静かに咲いている感じがする。
フラワーカナルの花祭り会場に咲いていたのは、そろそろ終わりかけていたが、草の中に生えていたのはまだまだきれいに咲いていた。朝露にぬれた草のなかにひざ近くまで入って写真を撮る。下の写真でNEW PCのデスクトップを飾った。季節感あふれるデスクトップになりいい気分だ。
写真を撮り終えてから、上流の方に向かって歩く。中内の集会所近くの河川敷まで歩いた。昨夜のNHKテレビで血管を若返らせるのには、鼻歌が出る程度の速さで1日に30分ほど歩くのが良いと言っていたのを思い出し、ゆっくりめに歩いた。前回歩いたときは気がつかなかったのだが、道の左側の草の中になにやら石碑のようなものが見えた。その周りだけ草が刈ってあるので近づいてみると、それは仏像だった。お地蔵さんだろうか、お供え物がしてあった。そういえば、昔一緒に勤めていた先生が中内に住んでいて、「昔は、今河川敷になっているところにも家があったんだよ。土手が広がって、今は川の中になってしまったけれど、今でも井戸やお墓なんかがあるんだ。」と話してくれたことを思い出した。
仏像を過ぎてしばらく歩き、今度は土手に上がって、土手の上を歩いて戻った。土手の上は風があって気持ちが良いかと思ったが、風はそれほどでもなく、陽がさしてきて暑かった。「冒険広場(?)」からまた土手下に下りる。少し歩くと、「あれっ、小泉さん。こんなところでどうしたの?」と犬を連れた男の人に声をかけられた。びっくりしてよく見ると、さきほど思い出した中内在住のK先生だった。3歳のラブラドールレトリバーをつれて、2時間も歩いてきたと言う。汗が光っていた。奇遇だなあと思う。久しぶりに思い出した人と、すぐその後に出会うなんて!
車のところに戻り、また何枚かの写真を撮った。
「この河川敷を彼岸花の群落にしたい」とメールの主は言っておられた。コスモスもきれいだけれど、彼岸花の群落ができたら、それもきれいだろうなと想像しながら帰る。
2003/9/16(火) ヨンキュッパ
今まで使っていたパソコンがとうとう駄目になって、文字を打ち込もうとしても遅いのなんのってお話にならないくらいになってしまった。漢字変換しようにも遅くて遅くてとても待っていられない。その他、ネットにつないだままちょっと電話などでマウスを動かさないと、ポインタがギコギコとぎこちない動きになってしまう。そんな訳でとうとう新しいパソコンを買うことにした。
昨日牛久の石丸電気に行って、入ったところに展示してあった49,800円のパソコンを買う。入るや否や息子がそのスペックを見て、「これで十分じゃん?」と言う。パソコン雑誌で見て、大体検討をつけていたのもそのくらいのものだったので、あっさりとそれに決める。これで3台目のパソコンだ。最初のは、セットになったもので、17万円ぐらいだった。2回目のは小さいメーカーのパソコンで約8万円、そして今回がヨンキュッパ。だんだん安くなってくるが、スペックは良くなっている。OSも以前のはWindows Me,今回のはXPである。XPプレインストールモデルでヨンキュッパは、なかなか良い買い物だったのではないだろうか。
夕べ2時までかかって、さまざまな設定をし、バックアップしておいたデータを取り込んだ。今はサクサク動いて気持ちがいい。この調子でしばらく元気に動いてほしいものだ。
2003/9/13(土) 龍(ロン)
先月我が家にやってきたチビ犬。名前は龍(ロン)と決まった。もう10年近く前になるが、我が家に中国人の男の子が3ヶ月ほど逗留していたことがある。その子の名前が龍(ロン)で、とてもかわいかった。その名前をもらったのだ。無断でもらってしまったのだが・・・・。本家のロンは当時5歳ぐらいだったが、今では高校生だと言う。久しぶりに会ってみたい気もするが、なかなか北京までは会いに行けないでいる。
あのかわいかったロンの名前をもらった仔犬は、すっかり大きくなって、来た時の2倍ぐらいに育っている。体重も5キロから6キロぐらいはあるようだ。来た時は2キロぐらいだと聞いたのだが。成長のはやさに驚いている。近所の人が「あれっ、また別の仔犬をもらったの?」と言ったくらいだ。そのロンの写真を見ていただきたい。
- ここがボクの寝る玄関。小縁の下にもぐるのが好きなんだ。そこにもぐると落ち着いて眠れるんだヨ。
玄関で時々オシッコもらしちゃうんだけど、そうするとお父ちゃんが怒るんだ。でも、ボクまだ小さいんだから・・・・。- 夜の散歩の時見つけたんだ。葉っぱの枯れたのが積んであって、ボクにはいいおもちゃなの。
- お食事中。おかあちゃんったら「お食事中失礼」とも言わないで写真撮ってんだヨ!
- お母ちゃんがミルク持ってきてくれたから、急いで飲んだんだよ。おかあちゃんったら、「何もそんなに慌てて逆立ちして飲まなくても良いのに」って言うんだけど、お腹空いてて早く飲みたかったんだモン!
- ここにゴロンと寝ると冷たくていい気持ち!ボクときどきゴロゴロしてんの。
- ごちそうさま!ちょっと残しちゃった。
- フンフン、なんだか怪しい匂いがするぞ。あっ、ボクのおそそうの匂いだったかも。だって、ボクときどきこの辺でしちゃうんだ。
- これも夜のお散歩の時だよ。お庭の隅のほうに葉っぱがいっぱい生えてるんだ。匂いをかいだり、葉っぱにもぐったりすると面白いよ。
- これ何だかわかる?あのね、木の切り株なの。ボクね、頑張って噛んでるんだけど、なかなか噛めないの。固いんだよ。
- このでっかい木も噛んでみてるんだけど、とっても固くてボクには噛めないんだよ〜。でっかすぎだぁ。
2003/9/8(月) 7777は
しばらく書き忘れていたのだが、7777をGETされた方が判明した。それは中央学院大学の同級生(?)だった。彼は勿論正規の学生で、私はもぐりだったのだが。先生が、「どうぞ、聴きに来てくださっていいですよ。」と言って下さったので、市民講座の受講生が何人かで正規の講義をただ聴きしていたのだ。その時いつも一番前に陣取って、六法全書を携えていた超マジメな学生がいたが、その人がGETされたとメールを下さった。今、彼は宇都宮大学の大学院生で、住民投票条例などについて研究しておられる。私達の『岩崎学級』(市民講座の卒業生の同窓会)のメンバーでもある。今月末には岩崎学級があるので、そのときにプレゼントを持っていこうと思っている。彼にプレゼントとなると、何がいいのだろうか。
昨夜、次のキリ番とした8000を突破したようだ。さて8000はどなたの手に?
2003/9/6(土) 朝の散歩
太っているのと血圧が高いのとで、以前から医者に運動を勧められていた。その度に「ようし、歩くぞぉ!」と歩き始めたり、「卓球をやる!」とやり始めたりするのだが、いつも長続きしないで終わっている。「足が痛くなった」、「今日はお天気が悪い」と理由をつけて休むとそれから続かなくなるのだ。なぜか「運動をしない」というのだけはずうっと続くのだが・・・・。
先日、またまた医者から運動を勧められてしまった。「やっぱり生活習慣病は運動と食事ですよ。」と医者はのたまう。その医者には、まだ2度しかかかっていないのに、「長続きさせるのは大変なんですけどねぇ。」と私のことを見越したようにおっしゃるではないか。「続かないんです・・・」と顔に書いてあったのかもしれない。
そんなわけで、一昨日からまた歩き始めた。昨日は決算書の下調べが終わっていなかったので、歩かずに決算書とにらめっこをした。今日は歩こうと思い、早起きをする。一昨日は田んぼのほうを歩いたのだが、今日は土曜日で時間もあるので、小貝川の土手を歩いてみようと思い、土手まで車で行く。朝の土手は散歩の人が大勢いた。犬を連れた人、一人で黙々と歩く人・・・・。私は一人で黙々組だ。ポニー牧場の近くから土手の内側に入る。「あそこの池の側の木にツリーハウスが作ってあったが、あれはどうなっているのだろう」と思って行って見ると、まだ健在であった。宮和田小学校の子ども達が、お年寄りに手伝ってもらって作ったという。宮小はマンション住まいの子供達も多いところだから、樹上の家というのはさぞ魅力的だったろう。
川の中の道は舗装してあって、木の下を歩くととても気持ちがいい。誰もいない、静かな道だった。道端の草は秋の気配を感じさせ、キンエノコロ、ギンエノコロが頭を垂れていた。子供の頃は「ねこじゃらし」と言って、この穂でよく友達とくすぐりっこをしたものだ。
中内近くになって土手の上に上がる。対岸に何本かの木が生えているのが見えた。「そうだ、昔あちら側の河川敷でよく子供達と遊んだなぁ」と30年以上前の旧久賀小時代を思い出す。砂浜が出るところがあって、その近くに森があった。中内側から見ると、その場所がどこかわからない。紫水高校の体育館(旧久賀小のあった場所)が見えるので、それを目印に見回したのだが、よく分からなかった。
当時は私一人が若い教員で、あとは10年以上の先輩が揃っていた。大人ばかりの職員室へ行くのが嫌で、休み時間はいつも子供と過ごしていた。もう時効だろうから言ってしまうが、体育だ、理科の観察だと言っては土手に行き、かくれんぼをしたり陣地とりをしたりしたものだ。土曜日と言えば弁当を持たせて土手に行き、藪の中に陣地を作って遊んだ。あの森には山葡萄もあって、口のまわりを紫にしながら子供達と食べた甘酸っぱい思い出もある。ガマズミも真っ赤な実をつけてとても綺麗だった。「あの場所は今どうなっているのだろうか、船頭さんの家があって、七夕飾りを舟から流させてもらったこともあったっけ」などと思い出しながら歩く。30数年前の田舎の小学校は、今よりずっとのんびりしていたものだ。
いろいろ思い出しながら歩くのもいいものだ。朝の空気は気持ちがいい。ようし、今度こそ続けるぞ!と、今朝の私は思っている。