ひとりごと 2003

11月


2003/11/27(木) 非暴力不服従 
 昨夜のNHK「そのとき歴史が動いた」で、マハトマ・ガンジーを取り上げていた。ガンジーが非暴力を貫いたことは知っていたが、具体的にどんな行動をとったのかは知らなかった。イギリスの圧制に抵抗するため、インド人には禁じられていた塩を自分たちで作ろうと、海へ向かって390キロもの行進をしたことをはじめて知った。この行進には500万人もの人が参加したという。ガンジーは棍棒で打ちかかってくるイギリス兵や警官に、暴力で応じることを禁じ、非暴力を貫くことを要求した。「暴力はさらなる暴力を生む。非暴力は相手の良心を目覚めさせることができる。」とガンジーは言った。
 イエス・キリストやブッダなど時として非凡な人間が現れ、普通の人にはなし得ないことをするのは誰もが知っていることだが、何百万人もの人がそれに従って非暴力を貫いたというのは何とすばらしいことか。ガンジーひとりが「打たれても抵抗しない」という姿勢を貫いたと言うなら、ありうることだと思うが、打たれても蹴られても次々にイギリス兵の前に出ていく数え切れないほどの民衆の姿は驚くばかりだ。人間の誇りというものがこれほどすばらしい力を生み出すのだろうか。
 ガンジーの非暴力不服従はキング牧師やネルソン・マンデラに引きつがれてきた。そして、このガンジーの精神はいまこそ世界に光り輝くものでは無いだろうか。ニューヨークのテロ、テロへの報復戦争、そして自爆テロ・・・・。暴力が暴力を呼ぶこの世界、ガンジーの非暴力不服従が今こそ必要だと強く思った。



2003/11/24(月) テロの続発で思うこと 
 このところ中東地域でのテロが続発している。日本へのテロ攻撃を公言した集団もあるようだ。小泉首相の周辺は「テロの脅しに屈してはいけない」と言っているが、果たして脅しなのだろうか。相手は自爆攻撃も辞さない人たちなのだ。
 現在のイラクの混乱は、多くの国々の反対を押し切って、アメリカがイラク攻撃に踏み切ったことに原因があるのではないか。現にイラク攻撃に反対していたフランスやロシアなどはアメリカと一線を画している。
 国内でも自衛隊のイラク派遣に消極的な意見が多くなってきているようだが、小泉首相は何としても派遣するつもりらしい。ここでイラクに自衛隊を派遣すれば、今まで良好な関係を保っていたイスラム圏の国々を敵に回すことにもなりかねない。何とかして派遣を食い止めたいものだ。
 今イラクの国民はどんな気持ちで生活しているのだろうか。特に子どもたちは・・・・。自分たちにはどうにも出来ない状況の中で、空腹に耐え、病気になっても十分な医療も受けられずに居る子どもたちのことを考えると心が痛む。「日本のNGOが運ぶ薬でやっと小児白血病の治療をしているので、更なる援助を」という支援要請のメールを今日受け取った。多くの国々のNGOが撤退する中で、日本の「アラブの子どもとなかよくする会」が頑張っていると言う。その支援によって子どもたちの命が繋がっているとマンスール小児教育病院の医師は感謝しているそうだ。そして更なる援助を求めている。こうしたところにこそ援助の手が差し伸べられなければならないと思う。わたしもわずかだが募金に応じるつもりだ。



2003/11/22(土) 満開のシャコバサボテン 
 
写真をクリックしてください。

 夫が育てているシャコバサボテンが満開になっている。玄関からあふれんばかりだ。今年の花のつき方はあまり良くないと本人は不満げだが、それでも玄関に入ると満開のサボテンの花がこぼれそうでとてもきれいだ。


2003/11/13(木) 葬 儀 
 昨日亡くなった友人の葬儀に参列する。広い会場に彼女の大きな写真があって、軽く微笑んでいる。彼女らしい自然な感じの写真だ。昨夜と今日と続けて参列している人が多かった。友人の多くが涙を流している中で、二人のお嬢さんたちは懸命にこらえていた。本当にしっかりしていて、さすがNさんが育てた娘さんたちだと感心した。
 式終了後みんなで彼女のお棺に花を入れて飾った。静かに音楽が流れる中で、参列者が一人ずつお花を入れていった。このときも娘さんたちはほんとうにしっかりしていた。そうとう気を張っているのだろう。お葬式が終わった後、ガックリするのではないかと心が痛む。周りで力になれることがあったら、お手伝いしたいと思うのだが・・・・。



2003/11/12(水) 合 掌  
 今朝早く宮和田の友人から電話があった。二人の共通の友達であるNさんが亡くなったという知らせだった。八月に入院し、最近具合が悪いとは聞いていたが、あまりにも早い別れに言葉もなかった。人のために尽くす人だった。PTAや子ども会の役員なども積極的に引き受け、進んで活動していた。夏ごろまであんなに元気だったのに・・・。先月病院にお見舞いに行ったときは、「早く良くなって、退院したらリハビリに通わなくちゃ」と言っていた。「リハビリに通うときは送り迎えぐらい手伝うからね。」と約束したのに。
 まだまだやりたいことがいっぱいあったろう、娘さんたちの花嫁姿も見たかったに違いない・・・。50台前半で逝くなんて亡くなった私の母とほぼ同い年だ。あの時、あと20年と思ったものだが、Nさんにもせめてあと20年ぐらいは生きて欲しかった。
 お酒を飲みながらお喋りするのが好きだったNさん、笑顔がステキだったNさん、どうか安らかにお眠りください。ご冥福を心からお祈りしています。



2003/11/10(月) ついに・・・
 昨日、「陸自先遣隊が来月中旬にイラクへ派遣される」というニュースを見た。ついに来たか・・・と思った。先遣隊はイラク南部のサマワというところに派遣されるという。危険だからと国連職員まで引き上げているイラクに、どうして自衛隊が行かなければならないのか、私にはどうしても納得できない。中東と日本は長い間良好な関係を築いてきた。ここに来て、アメリカのイラク攻撃を真っ先に支持し、その上自衛隊出動とあっては、アラブ諸国との関係が悪化することは目に見えている。日本も自爆テロの標的にされるかもしれない。今イラクに必要なのは治安の回復であることは間違いないだろうが、それはイラク人自身の手によってなされるべきではないのか。

 イラクには全土に莫大な量の劣化ウラン弾が撒かれたという。そのため広範な大地が汚染されている。そんな汚染されたところに自衛隊を送れば、ヒロシマ・ナガサキに次ぐ第三の被爆者を出すことになるだろう。「三度ゆるすまじ」と誓った核の被害者を出すようなことがあってはならない。こうした被爆の危険性について、隊員には説明されているのだろうか。出動を命じられる隊員の方々の心中はどんなだろう。

 昨日の総選挙で連立与党は安定多数を確保した。こうなった以上、自衛隊のイラク派遣は避けられそうもない。私は「憲法9条の維持」「イラクへの自衛隊派遣反対」を選挙の重要なポイントと考えたが、護憲はもう通用しなくなったかのような、共産党・社民党の惨敗である。自衛隊のイラク派遣反対の声は聞くが、選挙の結果を見ればそうとばかりも言えない現実がある。こうした現実を目の当たりにして、無力感にとらわれている。


2003/11/08(土) 明日は総選挙 
 いよいよ明日は総選挙。各政党とも精一杯自分たちの主張をしてきたのだろうが、私たち一般国民のところまで深く届いては来ない感じがする。イラク派兵問題、年金問題、憲法問題、道路行政、経済活性化・・・、争点はいろいろある。だが、選ぼうとするとこちらは良くてもあちらは納得できないという面もあるし・・・。

 各種のアンケートによると、態度を決めかねている人も多いようだ。投票率が高ければ野党に有利だという。投票率は明日の天気にも影響を受けそうだ。若い人の棄権が多いのが最近の傾向だが、明日はどうだろうか。少年週刊誌が投票の呼びかけをしていると言う。若い編集員の提案だそうだが、これなどはかなり影響があるかもしれない。長い間かかって獲得した選挙権なのだから棄権をせずに大切に行使してほしいと思う。



2003/11/03(月) みやげ話 パート2 
先月30日にオーストラリアから帰国した息子たちのみやげ話から、一部紹介したい。

母ちゃんはスリムだ
 我が家の息子たち、いいことを言ってくれるじゃありませんか。「母ちゃんなんかまだまだスリムだよ。」ですって!
オーストラリアでは、シドニーなどの大都会以外では殆どの中年女性が太っていて、私なんかまだまだ序の口だと言うのだ。ギャビンの結婚相手であるサラのお母さんなんか、私の二倍ぐらいあると言っていた。シドニーにはスマートな女性も居たと言うことだが。
 とにかくオーストラリアに行けば、私など、
「ずいぶんスリムねぇ、どうしてそんなにスリムなの?と聞かれるくらいだよ。」という話だ。これは是非行って見なくてはと思ってしまった。

カルチャーショック
 結婚式のパーティー会場に、羽を広げると3,4センチぐらいの蛾が飛び込んできたのだそうだ。そうしたら、たいていの人が、日本で蚊をつぶすときのように、両手でパチンとたたいて潰そうとするんだって。「蛾を手で潰すなんて、カルチャーショックだったよ」とは下の息子の弁である。

夏時間で大失敗
 オーストラリアでは10月26日から夏時間が始まった。息子たちもそのことを聞いてはいたが、なじみが無いのでつい忘れてしまい大失敗をしてしまったとか。26日の朝、6時半発の飛行機でメルボルンからシドニーに戻る予定だった。5時半に空港に着けば間に合うだろうと、頑張って朝早くおきて空港に行ったのだが、この日から夏時間が始まっていたため、空港に着いたときは既に6時半、予約した飛行機が出た直後だった。追加料金50ドルを支払って、次の便に乗せてもらったが、貧乏旅行には痛い出費だったとか。

港で ―野生のペリカンと新鮮な魚―
 結婚式に参列していた人のひとりが、港で船を扱う人で、港に遊びに来るように誘われたのだそうだ。行ってみると、朝着いたばかりの船に乗せてくれて、取ってきたばかりのトビウオとヒラメを何匹か分けてくれたという。その場でさばいて、切り身にしてくれたらしい。そして、そのアラを海岸に投げると野生のペリカンがたくさん集まってきて、またたくまにそのアラを食べてしまうのだそうだ。その光景は見事だと言っていた。「ペリカンはでかくて、あれが飛ぶなんて信じられないくらいだけど、実際に飛んでいたんだよ。羽を広げたら2メートルぐらいはありそうだった」と話してくれた。マグロの倉庫も見せてもらったが、このマグロはみんな日本に行くんだと言っていたそうだ。いただいた魚は家にもって帰って、ムニエルにして食べたけど、とってもおいしかったとのことだ。それは当たり前、取立ての魚だもの。「お刺身にしたらもっとおいしかったかもね」と私は思った。



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