ひとりごと 2003


12月

03/12/30(火) 映像の世紀 
 昨夜遅くNHKスペシャルで「映像の世紀」というのをやっていた。以前放送されたものの再放送のようだった。昨夜のテーマは「ベトナム戦争」。ベトナム戦争を縦軸に公民権運動、月面着陸、ニクソンショックなどを扱っていた。正に私の青春時代と重なるというのに、私の知らないことがいっぱいあって、一体私はこの時代に何を見、何を考えていたのかと恥ずかしくなった。
 キング牧師を中心とする黒人の公民権運動も、私自身その時代にはあまり関心がなかったのか、この映像を見て強く心を動かされた。無抵抗の黒人にホースで水を浴びせる白人たちの姿が情けなく感じられた。このような苦しみを経て、公民権を勝ち取ったのだが、現在差別はなくなったのだろうか。
 アメリカにおけるベトナム反戦運動の激しさもあそこまでとは知らずにいた。警察に連行され、今正に護送車に移されながら、「We shall over come」と大声で歌っていた女性の姿が印象的だ。一緒に見ていた息子が、「この歌もこうやって時代背景の中で聴くと、メッセージ性が強まるねぇ。」とつぶやいていた。
 戦場の様子は北ベトナム側の映像とアメリカ側の映像が両方流された。この時代に北ベトナム側の映像は殆ど目に触れなかったように思う。メディアが皆アメリカ側からのみ報道していたのかもしれない。アメリカ政府の情報操作も明らかにされ恐ろしい思いだった。今のイラク問題でも情報操作はあるのだろう。いつの時代でもジャーナリズムのあり方が重要だと思う。
 今夜も続きがある。また見なければ。



03/12/20(土) 小学校侵入事件 
 18,19日と続けて不審者の小学校侵入事件が起こった。本当は一昨日と昨日の「ひとりごと」にこのことを取り上げるべきだったのだが、書く言葉が見つからず、ホタテ貝のことなど書いてしまった。
 池田小の事件であれほど注意したはずなのに、また同じような事件が起きてしまったことが本当にショックだ。昔は学校へ侵入して子どもを傷つけるなど考えられないことだったが・・・・。どちらの小学校も池田小の事件からすこし時間が経って、学校の認識が甘くなっていたところがあるようだ。京都の宇治小学校では、門が3箇所とも開いていたと言うし、兵庫の桜台小では、警察へのホットラインが使われず、通報に30分もかかったと言う。
 「不審者から子どもを守る」ということが今ほど難しい時代はかつて無かったのではないだろうか。私たちの藤代町でも登下校時に不審者に出会ったということは何度も報告されている。大人たちの心がストレスなどで病んでいることが事件の背景にあるのだろうか。
 本当は、学校には門など無く、地域に開かれているべきであろう。地域に住む多くの人が出入りして子どもたちと触れ合うことが、子どもにとって必要なことではないだろうか。それが出来ない世の中になっている、そのことが問題だと思う。



03/12/18(木) 活きホタテ 
 今日知り合いの方から活きホタテをいただいた。発泡スチロールの箱に氷をたくさん詰めて、そこに帆立貝が入っていた。夕方、お刺身にしていただこうと思い、ホタテの中身を取り出そうと説明書を読んでいると、隣においてある貝のあたりで「コソッ」と音がした。あれっと思ってみてみると、さっきまで少し口を開いていた帆立貝が口を閉めている。「生きてる!」とびくっとした。活きホタテなのだから生きていて当たり前なのだけれど、まさか動くとは思っていなかったのだ。生きているものを調理するのか、と思うとちょっと気が重くなった。それでも意を決して、ホタテの口の中に専用のナイフのような形のものを差し込むと、少し開いていた口がパタッと閉まった。ああ、やっぱり生きてるんだ、と思うと、ナイフを差し込んだ手が止まった。「ゴメンッ」と手を合わせてから、ナイフ様のものを前後に動かす。口はますますピタッと閉まる。反対側のほうにナイフを差し込んで、少しずつ動かすと、やっと口が開いた。「ごめん、ごめん」と思いながら下側の紐とよばれる部分を貝殻から引き剥がす。大きな貝だ。ワタと紐を取り外して貝柱を取り出す。直径が4,5センチもありそうな立派な貝柱だった。
 紐は一度熱湯に通してから氷水にとって、それから水を切る。こりこりとした歯ざわりが引き立った。生きているのにかわいそうと思いつつも次々に4個の貝をこじ開けた。人間は残酷だなぁと思ったが、食べてみると甘みがあって、とてもおいしい。さっきまで生きていたのだから鮮度は抜群だ。残りの貝は貝殻ごと火にかけて焼いていただいた。これまたおいしかった。生きているものをそのまま火にかけるのだから、本当に残酷だ。もしも、貝が口をきいたら、とても生きたまま火にかけるなど出来るものではない。「熱いっ!」とか「ギャーッ」とか言われたら、刃物を差し込むなど出来やしない。黙っているのをいいことに、こんな残酷な食べ方をした。
 しかし、食べてみると、スーパーや魚屋で売っている剥き身とは違ったおいしさだった。
 私たちは誰でも他の生き物の命を奪って生きているのだが、普段はそのことを忘れている。しかし、今日はそのことを実感したひと時だった。



03/12/15(月) 再びフセイン 
 昨日のニュースを見て、私はフセイン元大統領逮捕に疑問を持ったが、今日になっていろいろなニュースなどを見ていると、どうも本当らしいと思うようになって来た。元大統領は自分の罪を認めず、開き直っているとか。第2婦人が居場所を通報したという情報もある。お金で夫を売ったのだろうか。フセイン元大統領の情報には多額の懸賞金がかけられていたのだから。
 フセインの逮捕で原油の先物価格が急落したそうだ。さすが大物である。これからのイラクはどうなっていくのだろう。すこしでも落ち着きを取り戻し、国民に平和が訪れるといいのだが。



03/12/14(日) フセイン元大統領の身柄拘束 
 さっきからあちこちのテレビが「フセイン元大統領の身柄を拘束した」というニュースで持ちきりだ。私はニュースを見てもなんだか信じがたい思いに捕らわれている。あの映像は本当にサダム・フセインなのか。確かにそっくりではあるが、フセイン元大統領には何人もの影武者がいたというではないか。あれだけの独裁者が素直に口を開けて健康診断を受けるだろうか。いつかアメリカ軍が攻めてくることは覚悟していたはずだ。だとしたら、いよいよ逃げられないとなったときは自害しようと準備しているのではないだろうか。おめおめと捕虜になって死刑に処せられるより、自分の意思で死を選ぶのではないかと思うのだが。「捕虜になるより死を選ぶ」というのは日本人独特の考え方なのだろうか。あの映像が本当にサダム・フセインだとしたら、イスラム教徒は宗教的に自殺を禁じられているのかもしれない。
 アメリカ軍は血液型でサダム・フセインであることを確認したと言うが、フセインの血液型は詳細に把握しているのだろうか。一国の元首、しかも独裁者の場合、個人を特定できるほどの詳細な血液型は秘密にされているのではないだろうか。ニュースを見ながらどんどん懐疑的になっていく私である。
 バグダッドが陥落したとき歓喜してフセイン像を引き倒していたのは、アメリカ軍のやらせだったという話もあるし、救助された女性兵士の件もやらせだったと本人が言っている。そうしたことを考えると、今日のニュースには何か裏があるような気がしてならない。。
 このニュースが事実だったとしても、これでイラクが落ち着きを取り戻すとは思えないのが辛い。バース党の生き残りが、フセインの逮捕を知って自暴自棄になって暴れることは無いのだろうか。組織だった抵抗でなく、武装集団それぞれの思惑でさらに戦闘が激しさを増すことは無いのだろうか。一日も早くイラク国民に平和が訪れることを望んでいるのだが・・・・。



03/12/09(火) 自衛隊のイラク派遣計画決定 
 遂に自衛隊イラク派遣の基本計画が閣議決定された。小泉首相は記者会見でいろいろ言っていたが、なんとも空々しい感じを受けた。顔はこわばっていて無表情だ。昨日私たちの藤代町議会ではイラク派遣中止を求める意見書を総理大臣あてに送ったのだが・・・・。
 関係報道の中でアラブ人の研究者が語っていたことが強く印象に残った。「日本人はイラクに来ないでほしい。今まで良い関係だったのが、イラクに自衛隊を派遣すれば、それは占領状態を止めさせるために来るのではなく、占領軍として派遣されてくると中東の人たちは理解する。イラクだけでなく広く中東全体が日本と距離を置くようになるだろう。」と。
 日本国内でのテロにも警戒しなければならず、そのために警視庁は650箇所もの警戒を強めると言う。原発、アメリカ企業、交通機関などが警戒の対象だそうだ。今日の決定は、国民を危険においやり、多くの国民が望まないイラク派遣に参加しなければならない自衛隊員を苦しめる。このような決定は許しがたい。
 我々国民が野党を育てられなかったことがこのような事態を招いたのだろう。自民党一党支配を長く許してきたことが間違いなのだ。政権交代が可能なら、国の政策はずいぶん違ってくると思う。小泉首相は、「アメリカとの同盟、国際協調」と言っていたが、アメリカだけを見ているような今の政府のあり方は非常に危険だと思う。もっと世界を広く見て、多くの国と協調していく姿勢がなければ、資源小国の日本は生きていけないのではないだろうか。
 イラク特措法は認めたくないが、その特措法にさえ「対応措置については、我が国領域及び現に戦闘行為(註の部分略)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域において実施するものとする。」と書かれている。国中が戦闘状態だと言われるイラクに自衛隊を派遣することは、特措法そのものに違反するのだ。戦闘状態でないところへ派遣するのに、どうして対戦車砲を持参しなければならないのか、どうして軽装甲車を用意するのか。



2003/12/05(金) アパルトヘイト・ウォール(パレスチナの壁) 
 今朝メールを点検していて、久しぶりにWorld Peace Nowメルマガチームからのメールに目を通した。そのメールからリンクされているHPを見て、初めてアパルトヘイト・ウォールのことを知り大きなショックを受けた。恥ずかしいことだが、私は今朝までこの事実をちっとも知らなかった。
 ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人が多く住む地域を取り囲むようにイスラエル軍が大きな壁を急ピッチで作っているというのだ。この壁は、高いところで8mを超え、上には高圧電流が通り、また壁沿いには監視用の軍用道路が作られて、ところどころに監視塔が立っているという。ベルリンの壁よりも規模の大きな壁が作られているようだ。この「壁」の建設によって、西岸のなかの農業に適した土地や水資源の多くがイスラエル側に併合されようとしているそうだ。 これによってパレスチナ人は自分の家と農地を隔てられ、自由に行き来が出来なくなっているという。パレスチナの人々は小さな区域に閉じ込められ、同じパレスチナの他地区へも自由には行けなくなるらしい。こんなことが許されて良いはずが無い。
 国連でも壁の建設中止を求める決議を安保理に提案したが、アメリカが拒否権を行使したので、決議できなかったと言うことだ。それでも10月21日の国連緊急総会では壁の建設中止と撤去を求める決議が可決されている。144対4で、反対したのはアメリカ、イスラエル、ミクロネシア、マーシャル諸島だそうだ。12カ国が棄権している。日本はどのような態度を取ったのだろうか。もしかしたら棄権組かもしれない。
 アパルトヘイトと言えば南アフリカ共和国のことで、それはもう解決済みだと思っていた。新聞もテレビもこのイスラエルでの事実を報道しないのは、イスラエルを支持するアメリカへの遠慮からなのだろうか。
 皆さんも是非以下のHPを見てください。そして、できればアパルトヘイト・ウォール建設反対の署名にサインしてください。http://www.stopthewall.jp/



2003/12/01(月) 大使館員殺害事件 
 とうとう恐れていたことが起こってしまった。イラクの日本大使館員殺害のことだ。昨日からテレビも新聞もそのことを大きく取り上げている。私は昨日の朝起きてすぐパソコンを開き、ヤフーのニュースでこの事件を知った。とうとう起こってしまったと暗澹たる思いであった。おそらく米軍の支配に抵抗するイラク人によるテロであることは間違いあるまい。
 アメリカの大儀無き戦争に支持を表明したときからこのような事態は想定できたことである。多くの国民の反対を押し切って、小泉首相は真っ先にアメリカへの支持を表明した。その彼は、昨日「深い哀悼の意を表する」と沈痛な面持ちで話していたが、その一方「テロに屈してはいけない」とも述べており、イラクへの自衛隊派遣は従来どおりであるとの見解を示した。川口外務大臣は「有能な部下の死は痛恨の極みである」と言いながら表情一つ変えなかった。そして、やはり「テロの脅しに屈してはいけない」と言っている。なぜイラクへの自衛隊派遣が必要なのか、それ以外の支援では駄目なのかなど、国民に対して十分な説明はなされていない。
 こうしてなし崩し的に憲法が無視されていくことが恐ろしい。既成事実の積み重ねによって、しだい次第に我々国民の神経が麻痺させられてしまったら大変だ。
 亡くなられたお二人は有能な人材で、イラクで働くNGOの人たちとも親交があったという。いくら惜しまれても亡くなった命は戻ってこない。「外交官を志したのだから」と話すご遺族の方々が痛々しい。小さいお子さんを残し、これから生まれてくる命に出会うことも無く亡くなった若い外交官の無念を、どうすれば良いのか。私たちはただご冥福を祈るばかりである。
 この事件で、野党は臨時国会の開催を求めていると言う。自民党の中にもイラクへの自衛隊派遣を疑問視する人も居るそうだ。こうした人も巻き込んで、野党は結束し、自衛隊のイラク派遣を阻止してもらいたい。



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