ひとりごと 2004


6 月


6/27(日) こもれびの会 
 大学時代のサークルのOG会である「こもれびの会」に参加してきた。毎年この時期にメンバーの一人が経営する居酒屋で行っているのだ。社長婦人の同窓会ということで毎回サービスしていただいている。到底会費では賄えないに違いない。今日もいろいろ珍しいものを出していただいた。
 私は去年は選挙の年で欠席したので、2年ぶりのOG会だった。ずうっと会っていなくてもすぐに昔に戻れるのがサークル仲間である。みんな年をとってきて、親の介護の話、老後の生きがいを見つける話などに話題が移ってきたが、話は尽きない。参加する前に私のHPを見て「予習してきたのよ」と言ってくれる友人もいた。後輩が昨年練馬区議会議員になったという。今回は欠席だったが、彼女と連絡を取ってみたいと思っている。



6/14(月) 表意文字&ミニ祝賀会 
 前回の「ひとりごと」に書いた友人(Mさん)の人探しの件である。昨日許さんからメールが来た。彼女が交渉して人探しの記事を掲載してもらった、雲南省の「春城夕刊」の記事を転送してくださったのである。私は中国語はさっぱりであるが、文字が同じということはすごいことだ。しかも表意文字であるから、漢字の羅列のその記事を仔細に見ると、四分の一か三分の一ぐらいは意味が分かるのだ。もちろん中国語の発音はちっとも分からないのだが、それでも意味がだいたい分かるというのは素晴らしいことだとつくづく思った。現代の中国語は簡体文字なので、よく判らない部分もあるが、全体を見てじいっと眺めていると、そのうちにある程度想像がつくものが結構あるのだ。

 今日は昼食を兼ねて、許さんと、許さんの友人で一緒に翻訳をしてくださった鄭さんをお呼びしてミニ祝賀会をした。こんな感動的な出来事を、そのまま放っておくわけにはいかなかった。許さんから詳しい話も聞きたかったし、人探しの成功を一緒に喜びたかったからでもある。当のご本人(Mさん)を差し置いて、許さん、鄭さんとわが夫と私の4人でお寿司を食べに行った。Mさんとはまた後で祝賀会をしたいと思う。それはお継母さんが再会を果たした後でも良いと思っている。とにかく私たちの頼みごとを聞いてくださった許さんと鄭さんにお礼を言いたかったのだ。お寿司を食べながら、いろいろ話をした。中国に残してきた子どもと電話での再会を果たしたおばあさんは、体も震えて涙がぼろぼろだったと言う。そうだろう、50年以上もの思いがつまっているのだから。許さんももらい泣きをしてしまったと言っていた。この夏のお盆のころには、中国行きが実行される予定である。その時は許さんが雲南省の麗江という町まで一緒に行ってくれるのだそうだ。許さんが行ってくれれば何の心配も無い。Mさんもそのお継母さんも大喜びだ。私もこんな素晴らしい出来事に関われて本当に嬉しい。この「中国への道」に関心をもたれた方は、以下のURLをクリックしてください。本当に素晴らしい物語りが展開されています。
http://www2.odn.ne.jp/~cdj88380/02tyugokumokuji.htm


6/12(土)事実は小説よりも奇なり!
 「事実は小説よりも奇なり」と言ったのは、英国の詩人バイロンだが、今日は本当にそんな出来事に出会った。前回の「ひとりごと」に書いた、友人の人探しが今日解決したのだ。友人から、お母様が今日50年ぶりに娘さんと電話で話をする段取りになったという電話を頂いた。雲南省の「春城夕刊」という新聞に写真と記事を掲載してもらったら、すぐに娘さんから連絡が入ったのだそうだ。更に詳しい報道をするため、今日新聞記者の方がお母様にインタビューをすることになっていたのだが、娘さんから連絡が入ったので、娘さんと直接電話で話をする手はずになったということだ。友人がこの人探しを始めてまだ一月しか経っていないのに、トントン拍子に事が進んで、とうとう探し当てることが出来たのだ。まるで奇跡のようだ。手がかりとなる手紙などは殆ど処分してしまっていたのに、こんなに早く見つかるとは。
 これには私の中国人の友人、許さんが大きな力を発揮してくれた。彼女の行動力、細かい心遣いには本当に感服してしまう。この間まで一面識も無かった私の友人のために、インターネットでナシ族のことを調べ、その地方で一番広く読まれている新聞社を探し出して、そこに記事の掲載を依頼してくださったのだ。今までもとてもステキな友人だと思ってお付き合いをしていたが、今度のことを通して、彼女の素晴らしさを再確認した次第である。「見つかったのよ!」と電話してくれた友人の嬉しそうな声を聞いて、私もこころが弾んだ。



6/7(月) 雲南省ナシ族 
 昨夜遅くTBSの「世界遺産」という番組を偶然見た。中国雲南省のナシ族という民族の生活を映したものだ。ちょうど私の友人がこのナシ族の人を探しているときなので、急いで彼女に電話をしたら喜んでくれた。
 その映像はとても美しく、雲南省というところはこんなにきれいなところなのかと思った。5000メートルを超える山々を頂き、空も水もとてもきれいなところだ。民族の生活様式を大切に守り続けているという。ナシ族独特の文字もあって、一部の小学校ではその文字を教えているとのことだ。一目で「あっ、象形文字だ」と分かったが、テレビでは「世界で唯一実際に使われている象形文字です。」と言っていた。番組の中に『和』という苗字の女の人が出てきた。友人が探している人の苗字もこれと同じ『和』なのである。この苗字の人は多いのだろうか、それとも、もしかしたら探している人かその親戚の人かも・・・・などと思うとなんだか私まで心がときめいてドキドキしてしまった。
 最後に、亡くなった人を悼む場面が出てきたが、これこそ本当に死者を大切に葬ると言うことではないかと思った。私たちに失われつつある大切な心が、大事に継承されているという気がした。
 友人は私の中国人の友人を介して、雲南省の新聞社に協力を依頼しているが、TBSにも協力をお願いしたら良いのではないだろうか。なんだか探している人が見つかるような気がしてきた。



6/4(金) 佐世保の小学生殺害事件 
 1日の「ひとりごと」に書いた佐世保の事件は、インターネット上の書き込みが直接の原因となったようだ。加害少女は「自分のHPにいやなことを書き込まれたので呼びだした」「4日前に殺そうと思った」などと供述していると言う。書き込みの内容については、体重のことを書かれた、「ぶりっこ」と書かれたなどの報道がなされている。たとえどんな内容が書き込まれたとしても、それで「殺そうと思った」というところまでいきついてしまうのだろうか。「よく考えて行動すればこうはならなかった」「会って謝りたい」とも述べていると言う。「会って謝りたい」ということは、「死」ということが十分に理解できていないということなのだろうか。インターネットのチャットのような、相手の顔の見えない会話は、身振りや顔つきから判断できない分、危険性が伴うのかもしれない。
 これからの人生、被害者の家族は勿論、加害少女本人も、少女の家族や教師達も、苦しい人生を歩むことになるだろう。同じ学校に在籍している子供たちのショックも大きく、立ち直るには相当の時間が必要だ。それを支える大人たちもどうしていいかわからない状況の中で苦しいんでいるに違いない。本当に何とも痛ましい事件で、私も何をどう考えていいのか分からない状態にいる。



6/1(火)なんとも痛ましい事件 
 さっきインターネットで調べものをしていたら、なんとも痛ましい事件のニュースを見てしまった。佐世保市内の小学校で6年生の女児が同級生の女児を殺してしまったというのだ。カッターナイフで首や手を切りつけたと言う。なんという事件だろう。どんな理由があったにせよ同級生を切り殺すなど今まで聴いたことが無い。アメリカなどでは銃を持ってクラスで無差別に発砲したなどというのを聞いたことがあるが、日本の小学校でもこのような事件が起きてしまったのだ。
 殺された少女はたった12年の生涯だった。これからまだまだ未来のある人間がこうして命を失ってしまったと思うと言葉も出ない。ご冥福を祈るばかりである。ご家族の皆様もどんなに驚きお力落としかと思うと、同じ親の一人として胸がかきむしられる思いだ。
 事件を起こした少女にはそれなりの理由はあるのだろうが、詳しいことはまだ何も分かっていない。少女の心の闇を思うと、これまた胸が痛む。担任教師や親たちの苦しみも大きいだろう。責任感の強い人なら、自分に何が出来ただろうと考えて、相当に落ち込んでしまうに違いない。
 教育の問題、家庭の問題、子供たちを取り巻く社会情勢、どれもこれも絡み合っての事件だろうが、教育や心理学の専門家を交えながら真実を見極めていくことが、当面は大事なのではないだろうか。


「ひとりごと2004」のトップへ