ひとりごと 2004


10月


10/30(土) 文庫の見学・取材 
 今日は久しぶりに私が文庫の当番だった。来月の30周年記念行事を取り上げてくれると言うことで、エリート情報が取材に来た。また、東京から福音館書店の「おおきなポケット」編集部の方が2名見学に来てくれた。子供たちも大人も大勢で、今日の文庫はとても賑やかだった。
 エリート情報は、催し物の紹介の中で文庫の30周年記念行事を取り上げてくれることになっている。文庫の成り立ちなどを取材して、子どもたちの写真をとったりして帰った。おはなし会の写真がよく撮れていると良いのだが。記事は6日の「エリート情報」に掲載される予定だ。
 福音館の方たちは、すこし長く話をしていく。子供たちが絵本から物語に移っていくときのことを中心に話をした。「おおきなポケット」はそうした年齢の子ども向けの雑誌だからだ。田島さんがそのあたりのことを原稿に書くことになる。編集部の方はお二人とも谷中子ども文庫にとても興味をもって下さったようだ。「楽しいひと時だった」と言って帰られた。



10/29(金) 藤代中学校音楽祭 
 先日藤中卓球部の二人の女の子から「まり子さん、音楽祭に来てね。」とお誘いがあったので、9時半に学校に着くよう家を出た。久しぶりに自転車で行く。自転車だと普段気づかないようなことにも気づいたりしてちょっと面白い。
 音楽祭は各クラスごとの合唱コンクールだ。誘ってくれた子供たちは3年生で、今年で最後だから是非聞いてほしいと言っていた。一人はYちゃんで、学年合唱・クラス合唱・音楽選択クラスの合唱2曲と、4曲も伴奏をした。六年生でショパンに挑戦していたくらいだからピアノの腕前は相当なものである。3年生の学年合唱は、私の大好きな「大地讃頌」だった。下の息子の卒業式で聞いて以来、私の大好きな合唱曲になっている。彼女の伴奏はとても良かった。
 私を誘ってくれたもう一人の子は、指揮者だった。私の見るところでは、全指揮者の中でもとても良い指揮ぶりだったように思う。昨年度までは、藤中の音楽祭では、3年生が自作の合唱を披露していた。詞も曲もクラスで作った歌だった。それはそれでとても楽しみだったのだが、作詞作曲のほうに力をいれず、声を出して歌うことに力点を置いた今年の合唱際も、別の意味でとてもよかったと 思う。歌い終わって涙ぐんでいる3年生の女子の姿があったが、学校生活の中で涙ぐむほどの体験をしたことの無い私は、こんな経験のできる彼女たちをちょっとうらやましく思った。



10/29(金) 新潟からの便り 
 我が家で以前鯉を買っていた新潟の鯉屋さんから今日電話があった。中越地震のお見舞いに対するお礼の電話だった。彼の店は7月の豪雨で水槽に水が入り、商品の鯉が全滅したとのことだった。その上今回の地震である。三条市はそれほど大きな被害は無かったが、震度5の揺れが何度もあったとのことだ。二つある鯉の池のひとつが被害を受けたそうだ。また、仲間の鯉屋さんたちが小千谷市に何人もいるが、その人達の鯉が全滅で、これからどうしたらよいか、仲間としても悩んでいるとのことだった。本当に辛い話で、慰める言葉も無かった。



10/28(木) 優太ちゃん 
 新潟中越地震で土砂に埋もれてしまった母子の捜索が懸命に行われ、昨日午後長男の優太ちゃんが発見された。昨日たまたまつけたテレビで救出の様子を中継していたので、ハラハラしながら見守っていたら、優太ちゃんの生存が確認され、救助隊員に抱きかかえられて現れた。その時は本当に嬉しかった。救助隊員の方々もどんなに嬉しかったことだろう。残念ながら母親の貴子さんは亡くなっていたが、優太ちゃんの生存は多くの人に希望を与えてくれた。行方不明になってから四日間もひとりで土の中に埋もれていたのだ。生存は奇跡としか言いようが無い。この四日間、どんなに寂しく怖かったことだろう。それを思うと涙がこぼれる。それにしても幼子の生命力の強さに驚かずにはいられない。
 命の危険を顧みず懸命に捜索に当たられたレスキュー隊員の方々に心からお礼を言いたい。本当にご苦労様でした。



10/24(日) 平成16年新潟県中越地震 
 一夜明けてみると、地震のものすごさが次第に明らかになってきた。あちこちで道路が寸断されている。山古志村では山肌に沿って走っていた道路が、谷底に滑り落ちている。死者の数も18名となり、負傷者は1000名を越えているという。まさに大惨事である。新幹線も脱線し、復旧の見通しはたっていない。在来線もそこここで運休しているし、新幹線の橋脚ではコンクリートが剥がれ落ちて鉄筋がむき出しになっているところもあった。
 地震の揺れの強さを示す加速度は震源に近い小千谷市で最大1500ガルに達したと言うことだ。阪神大震災の最大値818ガルを大きく上回っている。加速度のガルは数値が大きいほど揺れが大きかったことを示しているそうだから、今回の地震の激しさは並大抵のものではなかったことが分かる。
 国も補正予算を組んで対応に当たるという方針のようだが、とにかく被災者の救済に全力をあげてもらいたい。

 こうした自然災害に遭遇するたびに、自然災害救済のための保険が作れないだろうかと思う。国民皆保険にして、自然災害に対処するのだ。保険は掛け捨てで、一人当たりの額はできるだけ小さくし、誰もが負担を感じないで拠出できる程度にする。例えば一人当たり年間100円でも1億2000万人だと120億円になるのだ。それを被災者に振り分ける。一人当たり年額1000円なら1200億円になる。これくらいあればかなりのことができるのではないだろうか。税金は公共施設の復旧などに用い、この保険は個人の損害に対して保障するものとしたらどうだろう。



10/23(土) 新潟の地震 
 夕方、夕食の準備をしていたら、小さくガタガタと揺れが来て、ちょっと後にぐぅらぐぅらと大きな揺れがやってきた。どこかで大きな地震じゃないかと話していると、テレビで新潟中部で震度6強と出てきた。これは大変だと思ってしばらく地震情報を見ていたら、また大きく揺れる。その後も何度も揺れて、結局新潟県では震度6強が3回震度6弱が1回、震度5、震度4は何度も何度もおきている。60年近く生きている私もまだ経験したことの無い震度6と言う地震を、一晩のうちに何度も経験した方たちはどんな気持ちだろう。恐ろしくて今夜は眠れないのではないだろうか。
 暗くなっているので、被害の状況もよく判らないようだが、命を落とされた方も3人出ているとのことだ。国道17号のトンネルが崩落したとの報道もあるので、死者やけが人は更に増えると思われる。あちこちで水道管やガス管も破裂したりしているようだ。ひどい地震になってしまった。政府も災害対策本部を立ち上げたようだが、これ以上大きな余震が来ないことを祈っている。
 被害にあわれた方々には心からお見舞いを申し上げます。



10/20(水) ブログ  
 児童文学作家の友人が最近ブログを使い始めた。私も使ってみようかと思ったりしている。今朝のことだ。友人のブログからライブドアブログのトップページへ飛んでみると、検索窓があった。その検索を使って、「地方自治 合併」と入れてみたら、いくつものページが出てくる。その中から「最先端は『合併せず』/あした効くマガジン」というのに行って見ると、なかなか興味深いことが書かれていた。その筆者のHPを覗く。これがまたまた面白い。引き込まれていくつかの項目に目を通した。「憲法改正を語る前に」というのが心に残った。筆者は憲法の意味を二つに分けている。一つは「権力の源泉」、もう一つは「権力の制限」。こうして見るとなるほどと思えるものがある。
 いくつか読んでみて、筆者の心を感じた。これからもちょくちょく覗いてみたいHPの一つになった。こうしてみると、ブログというものは面白いと思う。次から次へとドンドン繋がっていく。



10/15(金) 秋晴れ
 朝5時ごろ老犬ロロのトイレのために外に出ると、空には星がいっぱいだった。今日は晴れるんだと思うと、なんだか心がウキウキした。そして、6時過ぎ、外は明るく何日ぶりかで太陽が輝いていた。空は真っ青。早速ロンと散歩に行く。朝の空気はひんやりとして気持ちがいい。散歩する足も弾み、いつもより遠くまで歩く。ロンも嬉しそうにクンクン匂いをかぎながら、あちこち寄り道をして歩く。田んぼを一回りして家に帰る頃には体もあったかくなって、上着を脱いでしまった。
 午前中に布団を干して、今まで家の中に干していた洗濯物も外に干せて、秋晴れはいいなぁとつくづく思う。



10/13(水) 教育困難校の実態 
 以前教師をしていた時の友人と久しぶりに会って話をした。彼女は教育困難校といわれる高校に15年間勤務し、この春別の学校に転勤した人である。その話を聞くと、困難校といわれる学校の実態に驚かされる。居眠り、お喋り、授業中の食事、お化粧は日常茶飯事で、万引きもけんかも数多いという。教師の話は聞かないし、学校での盗難もしょっちゅうだそうだ。とにかく家を出ても学校に来ない、学校に来ても授業に出ない、授業に出ても聞いていないという状態で、教師はへとへとになっているのだという。単位を落としそうな子には、毎日電話をかける、学校に来なければまた電話・・・。そういう子がクラスに10名もいると、本当に目が回りそうに忙しいとのこと。そうした中で、自分の指導に限界を感じて自殺まで考える教師も居たし、強度のストレスから病気になる人も多かったと言っていた。そういう中での15年というのは、筆舌に尽くしがたいものがあっただろう。よく病気にもならずに過ごせたものだと言うと、彼女も胃を悪くしたことがあったと言っていた。
 子供たちがここに至るまでに何か手を打つことはできなかったのだろうか。小中学校で、もっと一人一人に目を向け、教師と子どもとが心を通わせることができたらこんなにはならないのではないかなど、考えさせられることが多かった。



10/09(土) 台風も過ぎて 
 今度の台風はここ10年で最も強いなどの情報があったので、心配していたが、ここ藤代ではたいしたことなく過ぎてほっとしている。この台風は、来るときも突然と言う感じだったが、去るときもあっという間で、その後吹き返しも無く静かになった。
 それでも藤代町内で屋根の一部が吹き飛んだり、シャッターが壊れたり、床下に水が入ったりと、いくつかの被害も出た。また道路が冠水したところもある。役場の職員や消防団員がでて警戒したり、住民からの通報に対応したりと忙しい一日だったようだ。私は夜9時過ぎてから役場に行ったのだが、その時まだ相当な人が役場に残っていた。今朝も早い人は3時から出勤して台風に備えたそうだ。消防団の人は今夜一晩自宅待機で、明朝6時に小貝川に異常がなければ解散するとのこと。仕事を持ちながら、こうした時の対応もしてくれる消防団の方たちには感謝している。年俸2.5万円はあまりにも少ない。また、消防出動の時も年休をとって参加する方が多いと聞く。国で、消防出動には特別休暇を与えなければならないという法律を作ることはできないのだろうかと思う。
 藤代では大きな被害は無かったが、所によっては土砂崩れや突風によって亡くなった方もある。今年は本当に何度も台風に襲われて大きな被害が出ている。被害を受けた方々には心からお見舞いを申し上げます。



10/09(土) 台風22号接近 
 台風22号が関東地方に接近しつつある。今静岡県の沖あたりを北上中だ。今年は台風の当たり年で、上陸した台風の数は過去最高だというのに、またまた台風の襲来である。沖縄や九州、紀伊半島、四国などの方々は、既に何度も台風の被害にあっている。がけ崩れや土石流で大きな被害を出した地域も多い。今回の22号は、上陸するとすれば今まででも最も気圧が低い部類に入るそうだ。こうして書いている今、パソコンの裏側の窓を雨が叩いている。これから更に強くなるのだろう。
 今朝方、前線の影響による雨がかなり強かったので、谷中地区内を一周してきたが、北浦川はまだ溢水とまではいっていなかった。が、六郷国道から自動車学校の方に入る道と国道との交差点付近は10センチぐらい水がのっていて、車を通行止めにしたほうが良い感じだった。
 これから更に雨が降ると、はけきれない水があちこちで床下浸水を起こすのではないかと心配だ。道路が冠水すると下水管に雨水が大量に入って、汚水が噴出す心配もある。気象情報では風も強いという。平均風速が25メートルだと、最大瞬間風速は50メートルにもなるそうだ。そんなことにならなければ良いのだが。
 我が家では南側のガラス窓にクラフトテープを貼ったり、植木鉢を家の中に入れたり、昨日のうちに準備はしたのだが、ここ十年で最大の台風だと言うから、100年以上の古屋の住人としては心配である。二頭の犬も玄関に入れて、雨が当たらないようにしているが、若いロンは環境が変わったので落ち着かない。老犬のロロは何があってもわれ関せずで、グウグウ眠っている。



10/02(土) 大記録 
 遂にやった!イチロー選手おめでとう。84年も破られなかった年間最多安打記録257を今日あっさりと抜き去って、遂に安打記録を259本にした。試合終了後のイチロー選手の笑顔がステキだった。いつもはあまり表情を変えない彼だが、今日は本当にほっとしたのだろう、選手達に囲まれての笑顔がとてもよかった。新聞の夕刊はイチローのオンパレードだ。1面トップのほかに、何面も使って、イチローの足跡などを報じていた。
 ここ数日、イチローの中継を見ていたが、今日は用事があって見られなかった。帰ってからニュースで見たのだが、それでもやっぱり感激だ。あと2日、どこまで記録を伸ばしてくれるか、それがまた楽しみだ。



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