ひとりごと 2005
1月
2005/01/29(土) 新しいデジカメ
新しいデジカメを買った。今までのは大きくて重くて使いにくかった。画素数も少なく写真も荒かったので、今度は今までのよりはちょっと上のランクのものを息子に選んでもらって手に入れた。今までのと比べたら格段に小さく軽いし、機能も充実している。カメラ本体をスタンドに立てておけば自然に充電されるのも良い。今までのは動画が取れなかったが、これは動画も取れるし、ベストショットという機能があって、夜景なども簡単に撮れるという。これなら常に持ち歩いてもじゃまにならないだろう。今日は早速文庫の子供たちを写してみた。
2005/01/26(水)「人身売買天国日本」
今月号の『DAYS JAPAN』の特集は「人身売買天国日本」というものだ。日本の歓楽街で働かせるために、東南アジアやロシア、遠くはコロンビアなどで人身売買が広く行われていること、そして私がそうしたことについてあまりにも無関心・無知であることにショックを受けた。
こうした外国人女性は、「日本に行けば男の人とダンスをしたり歌を歌ったりするだけでたくさんのお金がもらえる」とだまされて連れてこられるのだそうだ。そして、着いたとたん多額の借金を背負わされる。交通費、宿泊費などと言って500万円ぐらいの借金を作らせるのだ。そしてそれを払わせるために強制的に売春をさせる。パスポート偽造のために整形手術をされたり、ものを考えることもできなくなるほどの言葉による暴力受けたりするのだという。当然不法滞在で入管を恐れながら暮らしている。いつ強制送還されるか分からないのだ。国に帰れば売春婦として軽蔑されるため帰ることもためらわれる。こうした被害者の中には、諦めたり、あまりの苦しさから逃れるために加害者に与する者も出てくるのだ。
こうした人たちを救うため、シェルターをつくって支援している人も居るが、そうした人に救われるのはごくごく少数だと言うことだ。シェルターに入っても不法滞在である以上仕事につくことができない。難民として認定されることも殆ど無い現状では、こうした外国人女性が救われることはなかなかできないのだそうだ。
私たち日本人はこのような現実をあまりにも知らな過ぎると思った。このような問題を報道するメディアが殆ど無い。日本人男性がこのような外国女性を平気で金で買うこと、それをあまり問題視しないこの国の風潮を『DAYS JAPAN』は告発している。
2005/01/24(月) NHK VS 朝日新聞
10日ぐらい前からNHKと朝日新聞が非難合戦をしている。原因は4年前に放送した「ETV2001 シリーズ戦争をどう裁くか 第2回 問われる戦時性暴力」をめぐって放送直前に政治的圧力があったかどうかという問題である。朝日新聞はこの放送直前に安倍晋三氏と中川昭一氏がNHKの幹部に圧力をかけたので、放送内容が変更になったと報道した。NHKの当時のチーフ・プロデューサーが内部告発したのを朝日新聞が報道したのだが、NHKは事実と異なる内容であり看過しがたいと抗議している。朝日新聞はNHKの松尾元放送総局長が証言を翻したと言う。
果たして真実はどうなのか。本日東大教授の何人かが真相究明を求める声明を出した。この問題は報道の自由、表現の自由に関わる大問題である。この声明では、当時の放送番組の企画には研究者も関わっていることから、「学問・思想信条の自由を侵害する『検閲』に相当することを危惧(きぐ)する」と述べている。
思想信条の自由、報道の自由は民主主義の根幹に関わるものであり、この問題を放置することはできない。お互い訴訟も辞さない構えのようであるから、司法の場へ出してでも真相を究明してもらいたいものだ。
2005/01/15(土) ”クリニック希望”
昨夜のNHKテレビの『にんげんドキュメント』で医師の伊佐秀夫氏を取り上げていた。彼は神戸の復興住宅の傍で”クリニック希望”を経営している。番組の途中からしか見ていないが、ここに本当の医者が居ると思った。この番組についてNHKのHPには次のように書かれている。一人暮らしでアルコールに依存する60代後半の男性に会うため、4時間も寒い戸外で待ち続ける伊佐さんの姿に心打たれた。やっと会えたその男性に、近所の医者への紹介状を渡す伊佐さん。紹介状をもらった男性が伊佐さんの手に触れて「冷たいねぇ」というと、伊佐さんは「4時間も待っていたからね。」と何でもないように答えていた。今も心の奥に震災の翳を引きずって生きる人々に温かいまなざしが注がれる・・・・。
- 阪神・淡路大震災から10年。高層ビルが建ち並ぶ神戸は、一見、震災の爪痕は見当たらない。しかし、今も様々な影響に悩み苦しむ人は少なくない。
そうした人々をずっと見守りつづけてきた医師がいる。伊佐秀夫さん(53歳)だ。震災当時、伊佐さんは神戸市の民間病院で勤務医として働いていたが、「医師としての無力感」を感じ、勤務医を辞して仮設住宅の傍に小さな診療所「クリニック希望」を立ち上げた。当時、仮設住宅では、誰にも看取られずに亡くなる“孤独死”が問題化していた。伊佐さんは「医師の側から積極的に人々の中に入り込み、生活を見つめないと救うことは出来ない。何とかして人々に生きる希望を与えたい。」と、往診を軸とした医療活動を始めたのだ。そして現在も災害復興住宅の傍に診療所を移し、医療活動を続けている。
伊佐さんは、この秋、今も減ることのない孤独死の原因調査に乗り出した。被災者たちが災害復興住宅に移り住み、暮らしがどう変化したかを調べ、“孤独死予備軍”と積極的に関わることで、悲劇をくい止めたいと考えている。
番組では、伊佐さんの医療活動と調査活動を見つめ、10年たっても癒えることのない人々の心の傷の深さと、困難な状況の中からも立ち上がり逞しく生きようとする姿を描く。
津波の被災児童を誘拐するなど、人間不信に陥りそうな中で、「人間捨てたもんじゃない」と思わせてくれたひとときだった。
2005/01/11(月) 津波あれこれ
波の力
さっきテレビのニュースで見たのだが、今回のインド洋大津波の際の波の力は、1u当たり18トンだそうだ。こう聞いてもピンと来ないが、10トン車が時速40キロでぶつかってくるのとほぼ同じ力なのだそうだ。そう考えると多数の死者が出たのもうなずける。今朝のニュースでは、海岸から5キロの地点で海水が流入する様子を映していた。大量の木材と一緒に流れていく。これほどの大きな力なのだから、海ベリの漁師の家などひとたまりもないはずだ。
奇跡的な生還
これも今朝のニュースで見たのだが、インドネシアの22歳になる男性が、津波以来海の上を漂流していて、無事に救い出されたのだ。暗い津波のニュースの中で一筋の明かりが見えた思いだ。人間の生命力は相当なものだと感心してしまった。
Tsunamiちゃん誕生
津波が押し寄せたとき分娩のために入院していた妊婦が多数流されてしまった病院があるそうだが、その中の一人が助かって、津波の直後に赤ちゃんを出産した。その子は生命力があったらしく、多くの赤ちゃんが死んだなかでも一人生き残ったのだ。親はその子にTsunamiという名前をつけた。今回の大津波の記憶を大事にして後世に伝えるため、この名前をつけたのだそうだ。
義援金
家族みんながそれぞれ少しずつ出し合った義援金を今日送ってきた。シューマッハや松井選手のように多額の義援金を出した人もいるが、私たちはとても多額の義援金とはいかないので、ほんの少しだが何かのお役に立てばと思っている。阪神淡路大震災のあと組織された海外災害援助市民センター(CODEhttp://www.code-jp.org/)を通して送金した。ユニセフや日赤のような大きな組織ではないので、小回りが聞いて早く現地に届きそうに思ったからである。実際スタッフを現地に派遣して現地調査をしている。また、義援金の15%を事務局経費にするときちんと表明しているところも気に入ったからである。
2005/01/09(土) 素晴らしかった成人式の祝辞
本来の成人の日は明日10日だが、藤代町では今日成人式が行われた。私も新成人のお祝いに参加させていただいたが、そこで聞いた祝辞に感動した。様々な式典で祝辞が述べられるが、こんなに胸にスーッと落ちる祝辞は初めてだ。それは新成人が中学校の時に指導された先生の祝辞だった。南中学校のN先生、今は他の学校に転任されているようだが、その先生の祝辞をご紹介したい。
まず、始めに一言断りを入れられた。「私の祝辞を聞きたくない人は聞かなくても良いが、近くの人とお喋りするのは止めて欲しい、聞きたい人もいるのだから、その人を邪魔しないで。それが最低のルールです。」このようなことを言われたのだ。この一言で、それまでざわついていた会場がかなり静かになった。(それ以前の来賓祝辞ではお喋りが多かったのだ。)
そして、話されたことは2点。一つは「命を大事にしなさい」ということ。昨年の大災害の例などにも触れて、命の大切さを話された。もう一点は「選挙権を大事にしなさい」ということ。「酒やタバコも成人に許されたことだが、酒やタバコは経験しようと思えば、未成年でも経験できる。皆さんの中にも既に経験した人も居るでしょう。しかし、選挙だけは20歳にならないとできません。その選挙権を大事にしなさい。日本では国政選挙の投票率が非常に低いがスウェーデンでは80%にもなる。選挙によって国の進む道を選ぶことができるのだから、賢い国民にならなければいけない。おろかな国民はおろかな政治家に支配されるのです。」というような内容だった。スウェーデン人のインタビューやジョン・レノンのイマジンを例に取りながらのお話は会場をシーンとさせた。途中ちょっとお喋りした人たちには、「聞きたくない人は聞かなくてよいから外に出なさい」と注意されたので、お喋りした人たちも先生の気迫に押されて黙ってしまった。
夜友人に電話したら、その友人は「息子がボクの言いたいことを先生が全て言ってくれた。」と感動していたという話をしてくれた。その青年は今回の成人式の実行委員を務めた人物だ。きっと、多くの新成人の心にもしみとおったのではないかと思う。
2005/01/04(火) 恥ずかしいが全く知らなかった・・・
このところインド洋大津波に関する様々な情報がMLに入ってくる。その中で、過去のスリランカと日本の歴史に関して、感動的な記事を目にした。そのことはスリランカでは周知のことだと言うが、当事者である日本人にはあまり知られていないように思われる。恥ずかしいことだが私も全く知らなかった。
その歴史上のできごととは『CODE海外災害援助市民センター』の斉藤氏の日記によれば、以下のようなことである。ジャヤワルダナ大蔵大臣はのちに総理大臣になった方だそうだが、その心の広さに感服する。戦争で被害をこうむっていながら、『愛をもって憎悪を断ち切る』と言う仏の教えに従ったスリランカの人々に感謝せずにはいられない。こうしたことを日本は次の世代に引き継いできていない。このことは問題である。この事実を知っているのと居ないのとでは、スリランカを訪れたときの日本人の対応が違ってくると思う。スリランカに進出する日本企業なども、この事実を知っていれば、スリランカの人々に信頼されるようなふるまいを自然とするようになるのではないだろうか。
- 私たち日本人にとって、スリランカと言えば"セイロンティー"として名高い紅茶でしょうか?そのほかは?日本がスリランカを第2次世界大戦の時に爆撃したことがあると知っている人はどれくらいいるでしょうか?と書いている私も全く知らなかったのですが、知ったのでここで紹介したいと思います。1951年9月に行われたサンフランシスコ対日講話会議にセイロン代表として出席したのがジャヤワルダナ大蔵大臣(当時)。ソ連が提案した日本への制限案に反対し、「軍隊の駐留による被害や我が国の重要な生産品である生ゴムの大量採取による損害は当然賠償されるべきである。しかし、その権利を行使するつもりはない。なぜなら、仏陀の"憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止むとの言葉を信じるからである。ソ連の修正条項に我々が同意できない理由は、制約をつければ日本が宗主権と平等と威厳を取り戻すことが不可能となるからである。」(「地球の歩き方」より一部抜粋)と演説し参加国に寛容の精神を求めたと言われています。
2005/01/01(土) 新しい年の初めに
新しい年の始まりだ。今年こそ良いことが多い年になって欲しいと思う。昨年はあまりにも災害が多かった。2004年を象徴する漢字は『災』であったが、2005年は是非『福』とか『幸』とか『慶』などの漢字になって欲しいものだ。
私たち藤代の住民にとっては、今年は記念すべき年になる。それは取手市との合併が行われるからである。藤代町50年の歴史が幕を閉じ、新生取手市となるのである。11万人の新しい市をどう作っていくかが問われている。私も新市の議員としてできる限りのことをしていきたい。現取手市民の方たちにも受け入れていただけるよう、できるだけ交流の機会を持ちたいと思っている。