ひとりごと 2005
2月
2005/02/19(土) ゴニンタイホ
昨日の朝のことである。夫と母と三人で炬燵に入っているとき、テレビのニュース番組の中で「誤認逮捕」という言葉が流れてきた。私が「ゴニンタイホだって、かわいそうに」と言ったら、新聞を開いていた夫が?という顔をしている。なんだろうと思ったら、少し経ってから「ああ、誤認逮捕か」と言うではないか。私ははじめからそう言っているのに、何を言うのかしらと思ったら、「何だよ、『5人逮捕』っていうから何のことかと思った」とのたまう。あれっ、『誤認逮捕』って言ったつもりだけど、アクセントがおかしいから『5人逮捕』と聞こえたのかと、やっと状況が飲み込めた。夕食のときその話を息子達にしたら、「今おれも5人だと思った」と二人が口をそろえて言うのだ。
茨城弁の特徴のひとつが無アクセント(あるいは平板アクセント?)と言うことである。アクセントに無関心で、アクセントなどどうでも良いのだ。それで今朝のようなことになる。母親が無アクセントなのに、子供たちは二人ともそうではないらしい。どうやってアクセントを身につけたのだろうか。夫が神奈川県出身なので、それも影響しているだろうし、テレビの影響が大きいのかもしれない。
昔は誰もが茨城弁なので学校で本を読むのも平気だったが、今はたまに読み聞かせをするときもアクセントが気になるのだ。これで良いのかな?間違っているんじゃないかな?と不安になる。議会で発言するときも、これでいいのかと気になるのだが、気にすると余計変なアクセントになったりするので、「茨城人なんだ、仕方ないよ」と開き直っている。アクセントが違うなら直しやすいのだそうだが、茨城弁のように、無アクセント地域の人はアクセントに関して無関心だから直すのは難しいのだそうだ。そんなことを学生時代に学んだっけと思い出して、アクセントのできない言い訳にしている。アクセントの話になると、いつも息子から「よくこれで国語の先生がやれたもんだ」と馬鹿にされるのだが。
2005/02/17(木) フローラ
図書館に行くとき必ず寄る場所がある。それは図書館の入り口にある喫茶室フローラだ。この喫茶室は「ふじしろ手をつなぐ育成会」が運営しているもので、障害のある方がそこで働き、社会と触れ合う場となっている。このフローラが最近ちょっと寂しい。お客さんの入りが今ひとつで、経営がちょっと厳しい状況にあるらしい。ここではお茶を飲むだけでなく、昼食をとることもできる。メニューはさほど多くは無いが、スパゲッティーやピラフなどが食べられる。また日替わりの定食も500円と手ごろな値段である。大きなガラス越しに外の景色を眺めながらお茶をいただくのは、なかなかいい気分だ。
図書館に行く時、時間があったら寄ってみていただけるとありがたい。町も積極的に支援して、ここに働く場を提供しているので、図書館を利用する方にも是非このフローラを支えていただきたいのである。そうすることによって、こうした方々の働く場が少しでも広がることを願っている。
2005/02/16(水) 教師殺傷事件
また少年による凶悪事件が発生してしまった。事件に巻き込まれ犠牲になった先生は災難としか言いようがないだろう。先生のご家族がどんなにか無念だったろうと思うと、お悔やみの言葉も見当たらない。他の先生への恨みがあったとの報道もあるが、少年の心の中は理解しがたいものがあるようだ。学校内での殺傷事件に多くの子供たちが傷ついている。先生が殺されたということを知った子供たちはどんなに悲しんだろうか。学校では各家庭を訪問して、子どもたちの心の傷を調査するそうだが、教師に心を開けない子どももいるだろう。家庭でのケアが大事ではないだろうか。
何か書かねばと思うのだが、考えがまとまらない。書いてみてもどうもしっくりこないので、今日はここでやめることにする。
2005/02/05(土) 外国人による日本語スピーチコンテスト
県民文化センター小ホールで、(財)茨城県国際交流協会と茨城県の共催による「第14回外国人による日本語スピーチコンテスト」が行われた。原稿提出による事前審査を通った15人の外国人の方々が、それぞれの体験や思いを日本語で話された。その中に私の友人の許春燕さんも入っている。原稿を提出する頃、日本語の言い回しなどについてちょっとアドバイスをした関係もあって、今日のコンクールは楽しみだった。
彼女は昨年の夏中国に残してきた日本人女性の子ども探しを手伝い、子どもを捜しあてて、再会にこぎつけたことを発表した。私もこの件には関わっており、昨夏中国雲南省麗江に同行させていただいた。そのことはこのHPにも書いたところである(中国への道)。今回彼女はこの体験を5分間にまとめて発表することになったのだが、どうしても5分には収まらず、結局7分はかかることになってしまったそうだ。スピーチ開始前に係員にそのことを話すと、「それは減点対象です。」といわれたそうだが、縮めることはできないので、そのまま発表したと言っていた。
彼女の順番は、休憩を挟んで12番目だったので、多くの人が制限時間オーバーするのを見て少し安心したようだった。彼女はよどみない日本語でこの話をした。会場はシーンと静まり返って彼女の話に耳を傾けていた。他の誰よりも静かに聞き入っているのを見て、『これは大丈夫だ、きっと入賞する』と思った。
発表者は来日4か月のコロンビアからの研修員の方から、来日25年を過ぎたドイツ人の翻訳家の方まで、また、年齢も高校生から50代ぐらいの方までと幅広かった。自分の体験をもとに、日本人・日本文化を再発見したとか、カルチャーショックを受けたなどの内容が多かった。来日4ヶ月でこの舞台に立てるということに驚いた。みなさん日本語がお上手で、こうした方々が日本を母国に紹介してくださるのだと思うと、国際交流の大事さを改めて感じた。
発表の後、審査員が審査をしている間アトラクションがあって、私たち聴衆はそれを楽しんだ。モンゴル人親子によるモンゴル舞踊はなかなか美しかった。モンゴルの衣装はとても綺麗だ。龍ヶ崎の和太鼓グループ「夢限」の方々の演奏は力強く、小ホール全体を揺るがすような演奏だった。このグループは結成10周年を迎えるので、近いうちに龍ヶ崎文化会館で記念演奏会を催すとのこと。時間が許せば聞きに行きたいと思った。
いよいよ結果発表である。まず協賛企業からの特別賞。デジカメやiポッド、電子レンジなどが受賞者に贈られた。どんどん名前を呼ばれていくのに許さんの名前は無い。これはいよいよ入賞だと思い、次の呼名を待つ。銅賞(県教育長賞)が発表された。韓国人の女性である。いよいよ金賞か?と思ったとき「銀賞 許春燕さん」と、許さんの名前が呼ばれた。銀賞(県議会議長賞)だった。素晴らしいことである。時間オーバーでかなり減点されたのかもしれないなどと考える。金賞は茗渓学園に留学しているマレーシアからの高校生だった。テーマは「トトロの国-家族がくれた宝物」というもので、トトロのアニメを見たときから日本に憧れ、日本へ留学するまでのこと、はじめ留学を反対したお父様の気持ちなどを発表された。民族衣装に身を包んで、滞在10ヶ月とは思えないほどはっきりした日本語で話す若々しく元気な姿が評価されたようだった。彼女は翌6日に帰国すると言う。良い記念になっただろう。会場の全員が彼女に温かい拍手を送った。
夜は許さんを招いて受賞のお祝いをする。いただいた賞状を私の母にも見せてくれた。調布からわざわざこのスピーチを聞きに来た叔母と私の家族全員でお祝いする。話に花が咲いてにぎやかなお祝い会となった。
2005/02/04(金) 春は名のみの
今日は立春だ。ニュースでは先日来の寒さが緩んだと言っているが、体感としてはやはり寒い。ここ茨城では「春は名のみの・・・」である。ロンと散歩に行くと田んぼを吹いてくる風が冷たい。耳が赤くなるくらいだ。それでもやっぱり春は春。農道の南東側の法面に這うように生えているタンポポが黄色い花をさかせている。オオイヌノフグリも青い小さな花を付け始めた。寒さもあと少しなのかもしれない。
ニュースでは中越地震の被災地が豪雪に苦しんでいると言う。3メートル近い雪に埋もれた景色は美しいけれど、そこに暮らす人たちはさぞ大変だろう。「今日4度目です」と雪かきをしている人、「こんな大雪は初めてです」と言ったとたん「ほ〜っ」とため息をついた初老のひと・・・。太平洋側の私たちの方は毎日カラカラ天気だというのに、日本海側は何年ぶりかの大雪だ。新潟にも早く春が来て欲しい。仮設住宅の人たちに、温かい春の日差しが一日も早く来ることを祈っている。