東京新聞社説 2003/2/17
世界は何もかも米国の思い通りに運ぶとは限らなくなったようです。いいことです。世界秩序のとりあえずは新しい芽かもしれません。しっかり育たないかなあ。
イラク攻撃へ突き進む米国に、ドイツとフランスが強く抵抗しています。米国防長官にののしられた「古くさい欧州」が…。
ロシアと中国も独仏の支持に回って、イラク査察の継続と、戦争によらない解決を主張しています。
さながら国連安保理常任理事国も北大西洋条約機構(NATO)も分裂の構図となり、米英はカンカンです。が、静かに思いを巡らせば、これは世界にとって、歓迎すべき事態なのだと気付きます。
■反戦の世界世論を受けて
考えてもみてください。市民レベルでは、イラク攻撃反対の声が世界中で渦巻いているのです。
欧州各国の世論調査では反戦派が七、八割も占めます。日本でもそれに近いし、米とともに単独攻撃辞さずの英国だって、国民はノーが多数派。第一、米国内でさえ、九十市の議会が反戦決議をし、四割近い反戦派国民もなお広がる勢いです。
「イラクはふらちでも、その軍事脅威がいまあるわけではない」
「大量破壊兵器保有の疑惑に、確証がない。9・11テロとイラクのつながりも不明で、イラク攻撃は対テロ戦たり得ない」
「危険な独裁でもこれを軍事力でつぶす権利は他国にない。政権をどうするかはその国民が決めること」
「イラク攻撃は報復テロとの泥沼を招くだけ。全アラブを敵に回す」
「占領地から撤退しないイスラエルの国連決議違反は許し続けるのか。イスラエルとパレスチナの紛争解決こそが先決で肝心の策だ。でなければ、中東の安定も、イスラム過激派のテロ一掃もあり得ない」
「平和的解決の努力を尽くしていない。戦禍を、市民の犠牲を思え」
などなど、反戦論が浸透して各国民を突き動かし、その国民の意にこたえて反戦を叫ぶ政府が存在する。そのことに安堵(あんど)感を覚えます。
世界中で世論が圧倒的に戦争反対へ傾く時に、各国の政府がもしイラク攻撃へ一丸に固まるとしたら、国際政治にこれ以上の過ちがあるでしょうか。米英が教導してきたし、し続けると自負する民主主義もどこへやらではありませんか。
ブレーキのない車に乗れるものではない。自制心のない者は人間ではない。国際社会もしかりです。
超大国一国が世界を支配して、その国益にすべての国が追随を決め込んだら。異論、批判の封殺で専行をとがめられなかったら。で、選択肢が疑問符つきの一つしかなくなったら…。世界はおしまいでしょう。
■米一国主義へのブレーキ
あらためて思います。独仏はよくぞ民意を誠実に酌み、勇気を持って踏ん張っていると。
国民の人気取り、イラクとの石油権益絡みだ、といった見方もありますが、両国の抵抗の意義に変わりはありません。仏はドゴール時代から反米的、と渋面の米国。つまり古くからの筋金入りの反骨と受け取れば今回の仏の「批米」も軽挙にあらず、とまた頼もしくさえあります。
米国はいらだちあらわです。仏を甘やかし過ぎた、独仏にはうんざりだ、などと。ブッシュ大統領は国連安保理が「おしゃべりクラブになるのは許されん」と演説したとか。
聞く耳持たぬ、おごりの漂うこの姿勢ゆえ、ブレーキ国が必要です。
「こちら側かテロの側か」「味方でなければ敵だ」
ブッシュ政権の二分法と恫喝(どうかつ)は、政権を担い支えるネオ・コンサーバティブ(新保守主義)勢力の思想と手法です。親イスラエル派でもある。タカ派ぶりがあのシャロン首相とそっくりなのも道理です。
一体、懐深く民主的な「よきアメリカ」はいずこ。「引っ込んでろ」と脅されてか、自ら縮んでか。
思えば、冷戦時代の世界は東西のせめぎ合い、核の危ういバランスが世界秩序を形成していました。
脱冷戦、ことに湾岸戦争後は一人勝ちの軍事超大国米国が国連も牛耳って君臨です。核戦略、環境政策、国際経済などあらゆる分野で一国主義、米の国益優先で、そのエゴのチェックがままならぬまま、世界秩序は混とんの度を深めてきました。
■国連機能の強化もたらす
理想ははっきりしています。国連が国際秩序のよりどころでなくてはいけません。世界の進む方向も、国々の利害調整、紛争解決も、最後は国連の場で協議し修正や歩み寄りで合意するのです。
その理想実現に遠いいま、国連安保理が性急に一丸の結論を急ぐのは危険です。まして国際世論に背くような結論は断じて許されません。
平和的な解決へなお努力しようと独仏ロ中などが頑張り抜いて安保理を紛糾させるなら、それは国連の権威失遂でも機能マヒでもない。一国による専制とその過誤を正す新しい秩序形成の芽と喜びたいものです。
外交政策一本化へ向けた欧州連合(EU)の議論も注視の的です。新秩序の成長がかかるのですから。