
北京郊外のお寺
−北京三日目−
8月18日
渋滞 今日やっとウーさんの休みがとれたので、ウーさんの運転で、劉芳、ウーイン私の四人で北京郊外の古いお寺に出かけた。このお寺は北京で最も古いお寺の一つだそうだが、あまり知られておらず、観光客も殆どいないので静かで良いと、ウーさんのお気に入りの場所らしかった。寺の名前は潭柘寺という。北京の西の方にあるらしかった。ウーさんの家からは高速道路を通って、天安門の前の通りをまっすぐ行く。この日は高速道路から混雑していた。北京市内はずうっと渋滞。こんなことはあまり無いのにとウーさんは言っていた。ウーさんの車には浅草寺の交通安全お守りが下がっていて、なんだかおかしかった。いつもならそんなに時間がかからずに行けるらしいのだが、この日は片道2時間ぐらいかかった。
水泥 街を行くとき、私はいつもお店の看板や、街中の掲示物などを見ながら行く。そして「あれはどういう意味?あの字は何と読むの?」などとウーさんや許さんに聞きまくるのだ。また、簡体中国文字を見て、「広いと言う字は『まだれ』の中の『ム』が無いんだね。」とか、「麗江の麗は上の一部だけとってあるんだ!」とか、分かったときに時々叫ぶので、マオさんが「小泉さんってこんなに子供みたいだなんて初めて知ったわ。」と言っていた。あきれたのかもしれない。それでも、次第にみんなも看板を見て、あれは?などと言う様になっていた。
この日面白いと思ったのは、「水泥」である。お寺への途中、もう市内を抜けた頃、工場のような建物の立っている敷地の門に、「○○水泥××」と書いてあった。私はこの「水泥」というのは、汚水のことかもしれないと思い、「ウーさん、この水泥って書いてある場所は下水処理場のこと?」と聞いてみた。ウーさんの答えは「違うよ。それはセメントってこと。」ですって。それを聞いてなるほどと思った。セメントを溶けば、泥水みたいになる。中国では日本のように外国語をそのまま発音せずに、「テレビ」なら「電視台」と言う様に、意味を考えて新語を作る。「水泥」もそのひとつなのだろう。
前回の北京訪問のとき、この手のことで一番面白かったのは、「口内修理」である。私は口の中を修理するのだから歯医者さんの看板かと思った。ウーさんはゲラゲラ笑いながら、「この路地の中に自転車などの(機械の)修理屋があるという意味だよ。」と教えてくれた。「歯医者」という発想が面白かったらしく、「なるほどねぇ、そんな風にとるのか。」という顔をしていた。
お寺 お寺は高台にあった。車で坂を上っていくと、途中に物売りの人が何人も立っていた。束になった線香を売る人、ハチミツを売る人、かぼちゃや木の実を売る人など。中でも線香屋が多かった。
階段を登って下を見ると、遠くまでよく見えた。若い男の人が、線香の束に火をつけて、それを捧げ持ち、四方を拝んでから線香立てに立てるのを見た。真剣な表情だった。共産主義の中国でも信仰が広まっているのかと思い、ウーさんに「信心深い若者もいるんだね。」と言ったら、「なあに、たいていは金儲けを拝んでいるだけだよ。」と言う。現世の利益追求だと言っていた。心の奥深くを見つめる宗教ではないと。
お寺をぐるりと一回りする。途中の休憩所のようなところに面白いテーブルがあった。陶で出来たテーブルの上がガラスになっていて、その中に金魚が泳いでいるのだ。涼しげでなかなか面白い。しかし、水の交換などは大変だろうと思う。写真のようなテーブルがいくつもあった。
石の魚や、隆盛期に大勢いた僧たちの食事を作った大鍋、何百年もの年輪を重ねたご神木、釈迦の骨を納めたと言うストゥーパなどを見て回った。
田舎の昼食 ウーさんが「どこでお昼を食べようか?」と言うので、「北京の高級レストランでなく、普通の庶民の食堂で食べたい。」と言ったら、「じゃあ、このあたりで食べるか?」ということになった。参詣客用の食堂が何軒かあったからだ。食堂のお客が、「炊事場を見てから決めた方がいいよ。きれいなところにしなさいよ。」と言ってくれた。外観がちょっと新しそうな食堂に入ってみる。ウーさんが、「ちょっと中を見せて。」というと、簡易宿泊施設になっている部屋と調理場を見せてくれた。宿泊施設は6畳ぐらいの部屋にベッドが3台並んでいるだけの質素な部屋だった。調理場もまあまあというところだ。ここで食事をすることに決める。ついでに彼らの居間や息子さんの部屋も見せてくれた。この9月から北京市内の大学に行くという息子さんの部屋にはパソコンがあって、彼はそれに向かっていたが、すぐに手伝いを始めた。ウーさんが、「息子を大学に入れるのだから、このあたりの金持ちなのかも」と言った。
食事は注文を受けてから、一から作り始める。スープの麺を頼んだので、粉を練るところからはじめたのだ。作るところを見たり、庭に入って庭先に置いてあった木の実などを見せてもらったりした。ナツメの実をはじめて食べた。クルミの青いのも、皮をむいてそのまま食べてみると、結構食べられる。このあたりの人は一日二食だと言っていた。水は共同の水道から引いているが、一度に使うと出なくなるので、甕にためて使っているそうだ。
そうやって話しているうちに注文した品が出来てきた。北京へ行った人は多いだろうけど、こういうところで食事をした人は少ないかもね、などと言いながら食べた。なかなかの味で皆満足。
*写真の説明
1.店の前で 店のご主人と息子さんと私
2.頼んだ料理 左からジャガイモの炒め物 手作り麺 野菜と肉の炒め物
3.庭に採ってあった木の美など
貴重な経験の食事を済ませたら、時間になったので北京に戻る。帰る途中、新興団地から数百メートル離れたところに、天壇にあったような運動器具の配置された公園があったが、人影は全く無かった。あれが団地内にあれば利用されるのかもしれない。どこに設置するか、どう利用を高めるかが課題だなと考えながら帰った。
「旧友との再会」へ 「中国への旅」のトップへ