旧友との再会

−北京三日目−


8月18日

再会 お寺から帰ると、友人達との待ち合わせの場所へ出かける時刻だった。許さんを誘って、待ち合わせの日本料理店に行く。もう中華料理は食べ飽きた頃だろうからと、日本料理を予約して下さったのだ。この日集まってくれたのは、楊さん、陳さん、翁さん、張さん、呂さん、それにウーさんと許さんである。呂さんは前夜チペット出張から帰ったばかりだと言うのに、わざわざ会いに来てくれたのだ。感激である。陳さんや張さんとは前回の北京以来だから12年ぶりだ。全員大学の経済学の先生達で、それぞれに責任も重くなっているようだった。皆お元気そうなのが何よりだ。
 集まると、しばらくぶりとは思えないくらい話が弾む。以前我が家に集まっていた頃の話、好きな日本食の話などが多かった。一人ずつビデオに向かって私の家族へのメッセージを語ってくれた。皆さん日本語を忘れず、流暢に話されるのには驚いてしまう。大抵の方は日本語をほとんど話していないようなのだが。やっぱり頭の構造が私なんかとは違うらしい。集まってくれた人たちは忙しくて、お互い何年も会っていないという人も居た。私の件で久しぶりに会えて良かったのかもしれない。
 「中国の日本料理はどうですか?」と聞かれた。この料理店は中国人の板さんが日本で修行をして作っているとか。刺身、天ぷら、冷奴、かぼちゃの煮物、秋刀魚の塩焼き、納豆、茶碗蒸しなどが出された。納豆にワサビがついていたのが面白い。「日本では納豆にはカラシが付く。」というと、次に来た納豆にはカラシが付いていた。また、茶碗蒸しに中華用のレンゲが付いてくる。天ぷら盛り合わせには天つゆが一つしか付いてこないので、みんなで同じ天つゆをつけて食べた。この辺が中国風日本料理だ。記念にメニューの写真を撮る。
 皆さんから御茶やお菓子などたくさんのお土産をいただいてしまった。


夜中の訪問 食事が終わって皆と別れ、翁さん、許さん、ウーさんと私の四人で帰る。翁さんと許さんは同じマンションなので、ウーさんの車で送ったのだ。夜9時をまわっていたと思う。マンションの駐車場に付くと、許さんが「あれっ、鄭さんが帰っている!」と言って、許さんの部屋の向かいの棟の一階を指差した。その窓には明かりが付いていた。鄭さんは、今回の娘捜しでお世話になった方である。許さんと一緒に龍ヶ崎の流通経済大学の大学院に留学中なのだが、夏休みでシルクロードを旅し、北京に帰って来たのだ。今回の中国行きに関しても、手紙の翻訳や新聞記事の翻訳で大変お世話になった方だ。北京で会えるなんて面白い、ということで突然だが訪問してみようと言うことになる。驚かしてやろうと、そこに居た4人はみないたずら心を起こした。それで、私がドアをノックすることになる。
 トントンとノックすると、中から返事があってドアが開いた。みんなは陰に隠れていて、私だけが顔を出し、「こんばんは。」と言ったらビックリした顔だった。すぐに許さんたちが顔を見せる。突然だが部屋の中に入れてもらった。独身男性の部屋だから、この前訪問した許さんやウーさんの部屋とは違って、ちょっと寂しげな部屋だった。鄭さんは、洗濯物がぶら下がっていたのをあわてて他の部屋にしまったりしている。ちょっと話をして、「今度は翁さんの家に行こう」ということに。
 翁さんの家では奥さんが驚いた様子で迎えてくれた。突然の4人の来訪である。それでもニコニコとしてお茶を出してくださった。翁さんの書斎などをみんなで見せてもらって、息子さんにも会うことが出来た。かわいらしい小学生だ。
 ここまで来たのだから、許さんの家に行って、お母様にお別れの挨拶をしたいと思ったのだが、電話をしてみるともうお休みになったということで、ご挨拶は出来なかった。

荷造り 少し話をして翁さんのお宅を辞し、ウーさんの家に戻る。明日の飛行機は早いので、荷物の整理をした。麗江でも北京でもたくさんのお土産をいただき、私が買ったマツタケとあわせると相当な量になってしまった。どうやって持って帰ろうかと悩んでいると、ウーさんが特大のスーツケースを持ってきて、「これに入れて行けば。家にはいくつもスーツケースがあって邪魔なんだ。場所ふさぎの粗大ゴミみたいなものだから持って行ってくれたほうがいいんだよ。」という。その特大のスーツケースにお土産を入れたら、ウーさんがぎゅうぎゅう押してやっと口が閉まったほどである。スーツケースごともらって帰ることになる。持って行った荷物の何倍もの荷物になってしまった。



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