
帰 国
8月19日
空港へ 北京首都空港から成田への中国国際航空便は朝9時40分の出発である。国際航路は2時間以上前にチェックインする必要があるので、遅くとも7時40分にはチェックインしなければならない。この日はウーさんも出張が入っていたのだが、私を空港まで送って、その足で出張に行くと言うことで、朝7時前に家を出る。前夜にこしらえた大荷物を持っての帰国となる。この大荷物を見たら、成田に迎えに来る家族がなんと言うだろうかと想像すると可笑しかった。
空港で 空港への道は空いていたので、時間通りに到着した。ここでウーさんと別れ、自分ひとりでチェックインをする。一人での帰国にちょっとドキドキだった。ウーさんに言われたとおりの列に並んだら、そこではないと係員に言われ、その指示に従って別の列に並ぶ。その列はなかなか進まないので、ちょっとイライラした。並んでいると、若い女の人が私に中国語で話しかけて来た。私がきょとんとしたのを見て、その人は日本語で話しかけてきた。あまりに流暢な日本語でビックリ。彼女は大阪の大学に留学中ということで、関西空港に帰るという。並んでいる間にいろいろ話をした。とても感じの良い女性で、大阪の教員採用試験を受けたと言っていた。外国籍の人でも教員採用試験を受けられるとは知らなかったが、現在大阪の方ではかなり教員の採用があると言っていた。今は卒論で忙しいとのこと。卒論は何をやっているのかと聞いてみると、日本文学専攻で、卒論のテーマは川端康成だという。本格的に日本文学をやっている中国の留学生に会ったのは初めてだ。「それだけ日本語が出来れば、日本文学も大丈夫ですね。」というと、「でも、細かいニュアンスはまだまだです。評論を読んで、ああ、そういうことを言っていたのかと思うことも度々です。」との答えが帰って来た。日本語で文学作品を読み、評論も読むというのだから相当なものである。もしかしたら国語の教師を目指していたのかもしれない。国語の先生が中国人だったら、ちょっと愉快だ。
なかなか進まない列に、彼女はイライラして、「中国人は仕事の間に私語が多いから、仕事が遅れるんです。日本ではこんなに列が長いのに私語をするなんて、考えられませんよね。」と言ってきた。私には分からないが、受付の人たちが私語を交わしているらしかった。
それでもやっと順番が回ってきて、荷物を預けることが出来た。私の次が彼女である。もう時間的な余裕が殆どなくなっていたので、ゲートの方に行く。彼女は私に「お先にどうぞ」と言ってくれたので、私が先に入る。中で渡そうと思って自分の住所とホームページのURLを書いておく。中に入って後ろを見ると、どうしたことか彼女の姿が無い。しばらく待ったのだが彼女は入ってこなかった。何か問題があったのだろうかと心配になるが、どうしようもない。その場で10分ぐらい待ったのだが、搭乗の時間になっているので、仕方なく搭乗口に向かった。彼女は無事に関空行きの飛行機に乗れたのだろうかと、今でも気になっている。
飛行機の中 彼女のことを考えながら飛行機に乗る。両隣は中国の方だった。一人は初めて日本に来ると言う若いエンジニアの方で、もう一人は国立北京中医薬大学日本校の漢方薬の教授だった。飛行機の中でこの二人といろいろ話をした。エンジニアの方はまだたどたどしい日本語だったので、カタコトの英語と筆談を交えて話した。漢字を書けばかなり通じる。初めて外国へ行くので、緊張と期待でいっぱいのように見えた。北京に2歳の息子さんと奥さんを残していると言う。その点がちょっと気がかりのようだった。成田には迎えが来ないで、錦糸町まで一人で行くと言う。空港でJRへの乗換えをサポートして上げたくなった。
漢方薬の先生は何度目かの来日だが、日本はあまり好きではないとのこと。どのような点が嫌なのかは話してくれなかった。食べ物も日本食にはなかなか馴染めないといっていた。
成田到着 約3時間で成田に着く。エンジニア氏と一緒に荷物を取りに行く。なかなか出てこない荷物を待って、やっと自分の荷物を取る。錦糸町へは一人で大丈夫だというので、そこで彼と別れた。空港には夫が迎えにきてくれていた。私の大荷物を見て驚いている。車の中で中国の友人達の近況など話しながら家に帰った。
「中国への旅」 −完−