
昆 明 ( クンミン ) ま で
8月12日
成田空港で 2004年8月12日、私たち5人は中国雲南省麗江に向けて出発した。5人と言うのは、中国に残してきた娘さんを捜している中村梅さん、中村さんの義理の娘さん(中村梅さんはマオさんのお父様と再婚)で私の友人であるマオアキラさん、中村さんの友人の田中さん、中国語の手紙を翻訳してくれて麗江での通訳も引き受けてくださった許春燕さん、それに私の5人である。
私と中村さん・田中さんは成田で始めて出会った。マオさんが到着して、まずバッグ騒動があった。マオさんが田中さんから借りたバッグの番号が分からないため開かなくて、前夜一晩苦労したと言う。鍵をこじ開けてしまったので、空港で新しいバッグを買うはめになったのだ。そのバッグ騒動もやっと解決して飛行機に乗り込む。飛行機は機材の到着遅れと、チェックインしたのに乗らない人がいたのとで1時間近く遅れて出発した。何人もの乗客を待たせて迷惑な人がいるものだと腹立たしく思った。いよいよ離陸、3時間あまりの空の旅だった。
北京空港到着 北京空港に着く。12年前に行ったときとは大違いで、北京空港は見違えるほどきれいになっていた。私の古くからの友人であるウーさんと許さんのご主人が空港まで迎えに来てくださった。二人の車で空港からホテルへ。翌日の出発が早いので、空港近くのホテルを取ってもらっていた。そのあたりはビジネス街で、高層ビルが多く立ち並んでいた。大使館も多いと言う。
夕食 ホテルの近くのレストランで食事をする。許さんのご主人が予約をしておいて下さった。中村さんはそこまで歩くのがちょっとしんどそうだったが、頑張って歩いていった。6,7分でレストランに到着。高級レストランの二階で、かなり広い部屋を取ってくれていた。日本の中華丸テーブルより大分大きいテーブルに7人で座る。12,3人は座れそうなテーブルだった。どのお料理もおいしくて、我々日本人の舌にもよく合うものばかりだ。北京ダックの切り分けは、コックさんがテーブルの傍に来てやって見せてくれた。皮が香ばしくておいしい。あまりお腹が空いていないと言っていたマオさんもたくさん食べた。この夕食は許さんご夫妻からの招待であった。車で送迎していただいたり、麗江まで案内していただいたりした上にご馳走にまでなってしまって、私たち日本人4人は恐縮してしまった。
そのあとホテルに戻り、翌朝の出発が早いので、早めに床に着く。
8月13日
出発 早朝7時50分発の昆明行きの飛行機に乗るため、朝5時半に起き、6時15分にチェックアウトして空港へ。昨日と同じくウーさんと許さんのご主人の車で送っていただく。空港近くはかなり混雑していた。自転車で有名だった北京も、最近は車の渋滞が多いと言う。空港の入り口で7人で写真を撮る。
それから国内線のチェックイン。ここでカウンター嬢は搭乗ゲートを間違えてチケットに打ち込んでしまった。ゲートは37となっていた。北京空港は中国全土に航路があるらしく、国内線のゲートは想像以上にたくさんある。そこでゲートを間違えられてしまったのだ。37番ゲートに行ってみると、我々の乗る7時50分発昆明行きではなく、8時5分発の飛行機の搭乗案内が出ていた。その場にいた係員に聞いてみると、昆明行きは43番ゲートだとのこと。43番ゲートを探してそちらに移動するはめになった。足の弱い中村さんにはちょっときつかったようだ。
43番ゲートは41から46まで一緒になっていて、それこそ人・人・人・人・・・・・だった。こんなに人の多い空港は初めてだ。中国は広いし、ここは首都空港なので、全国への航路があるからだ。飛行機までのバスを待つ列がいくつもあって、それが交じり合ってしまっていて、後ろの方に並んだらどこへ行く列なのか全くわからないという状態だった。許さんが確認してなんとか前へ進み、やっとバスに乗る。
バッグ紛失事件 昆明までの飛行機は30分くらい遅れて出発した。昆明空港について大さわぎになる。大事な荷物がひとつ見当たらないのだ。国内線のチェックインは私がしたのだが、その時もらったはずの荷物の半券も無い。マオさんが、荷物の半券は必ずあるはずだと言うのだが、私は半券などもらった覚えが無かった。半券は絶対にもらっていないと主張する。ゲートを間違えるくらいの受付嬢だから半券を渡し忘れたのではないかと私は言った。とにかく大事な大事な娘さんたちへのお土産が詰まったバッグが無いのである。悪意の人がいて持っていってしまったのだろうか、受付嬢が取ってしまうことは無いだろうかなどと、悪い方へ悪い方へと考えが行ってしまい、険悪な雰囲気になってきた。他の荷物の番号を調べ、それに続く番号の荷物が無いかどうか許さんが調べに行く。私たち4人は全く言葉が通じないのだから、許さんだけが頼りなのだ。調べてもらうと荷物は積み忘れていて、北京空港にあることが分かった。全員ほっとする。次の便で昆明に届くことになった。やれやれ一安心。成田空港でのバッグ騒動と言い、今回のバッグ紛失事件といい、どうも今回の旅行はバッグに問題が起こるようだ。
次女の夫との対面 荷物騒動にけりが付いて、やっと空港を出る。空港の出口には「春城夕刊」の記者数人と次女愛莉さんの夫の姚(ヨウ)さんが出迎えに来てくれていた。姚さんは花束を持っていた。荷物騒動で遅くなったので、待ちくたびれたようすだった。姚さんと中村さんが手を取り合って感激のご対面。花束をもらって姚さんに手を引かれて、中村さんは車に乗った。この車で休憩と食事のためにホテルに向かう。泰麗酒店という名のホテルだ。北京に残された荷物は3時の飛行機でこちらに着くというので、ホテルから人を出して空港で取ってきてくれることになる。
中日友好のためと言うことで、支配人が来て一緒に食事をした。この食事はホテルの招待と言うことであった。姚さんとこのホテルの支配人は古くからの友人だそうだ。姚さんは麗江の経済発展のために尽くしたと支配人や春城夕刊の人が言っていた。
ここでも大変なご馳走であった。
感謝状 中村さんが持参してきた春城夕刊への感謝状をお渡しする。日本語で書かれた感謝状なので、許さんが中国語に訳したものをまず朗読して、中村さんから春城夕刊の編集長に感謝状と記念品の時計を手渡す。新聞社は喜んでくれたようだ。
そのあと、許さんにも感謝状と時計が贈られた。許さんは遠慮して、ご自分への感謝状は通訳しなかった。
ここで食事をいただいたり、お話をしたりしてしばらく過ごす。そのあと新聞社の用意してくれた車で昆明空港へ。いよいよ麗江(リージァン)へ向けて出発である。