麗 江 (リージァン) に て


8月13日

麗江空港 夕方の便で麗江へ向かう。愛莉さんの夫の姚さんも一緒だ。昆明から春城夕刊の記者も同行した。この方が、今までの記事を書いてくださった方だという。私たちには分からないが、とても良い文章だと許さんが褒めていた。
 飛行機は45分で麗江空港に到着。空港には愛莉さん、美娜さん他大勢の方が出迎えに来てくださっていた。愛莉さんのお孫さんも来てくれた。この子は小王(シャオワン)と言う名で、中村梅さんのひ孫に当たる。梅さんは今まで日本では肉親がおらず、一人暮らしであったが、ここに来て、娘二人に孫、ひ孫まで出来たわけである。どんなに嬉しいことだろうか。空港では新聞のほかにテレビも取材に来ていてビックリした。既に何度も新聞報道されているので、梅おばあちゃんはここでは有名人なのだ。親子の初対面は大勢の人の中で行われたので、なんだかごちゃごちゃしてしまい、じっくりしっとりと言うわけにはいかなかった。それでも花束を抱えて娘達と梅さんが手を繋いで歩く姿は感動的だった。私たち同行者にまで花束をいただく。ちょっと恥ずかしかった。

愛莉さんの家 2台の車で愛莉さんの家に向かう。一台は黒塗りの乗用車。そこに梅さんと愛莉さん、田中さんたちが乗る。私たちは姚さんの勤める会社(中国電信)のワゴン車で行く。周りにはトウモロコシ畑とヒマワリ畑が広がっていた。標高2300メートルぐらいの高地だが、特別に体の異常を感じた者はいなかった。畑は日本のそれと違い、草と作物が渾然としている。広い畑なので、草取りまでは出来ないのだろうと思った。家に近づくに従って更に標高が高くなる。二三十分も乗ったろうかと思った頃、車は愛莉さんの家に到着した。

 愛莉さんの家は中国では珍しい一戸建てで、門構えの立派な家だった。広さも相当広く、塀に囲まれた庭には、きれいな花が植えられていた。そして見たことの無い果物がなっている。愛莉さんは花が大好きで、これらの花はみな愛莉さんの植えたものだそうだ。

 家に入ると、ゆっくりお互いを紹介する間もなく、やれ座れ、お茶を飲め、それ果物だとの接待である。テーブルの上には、リンゴ、バナナ、ヒマワリの種の炒ったもの、その他私の知らない木の実などが所狭しと並べられている。私たちは座って、それらのものを少しご馳走になった。

 しばらくして夕食となる。それはそれはすごいご馳走で、私たちはどうしてこんなに食べられるかと心配になるほどだった。麗江の特産物をふんだんに使ったお料理で、全て手作りだと言う。愛莉さん・美娜さんとご近所の方が力をあわせて作ってくださったものだ。愛莉さんと夫の姚さんは常にニコニコして私たちを温かく歓迎してくださる。妹の美娜さんご夫妻もとても優しい感じで、私たちを迎えてくださった。

50年前の毛布 一階の玄関脇の客用寝室が梅さんと許さんの泊まる部屋に決まる。その部屋に愛莉さんが一枚の毛布を持ってこられた。その毛布は50年以上前に梅さんと夫の和さんが使用していたものだと言う。きれいにたたまれ、大事に保存されてきたことに感動した。こうして母親の思い出の品を大事に大事に取っておいた麗江のご家族の気持ちが、何とも言えず温かく嬉しかった。この毛布はビデオには撮ったのだが、残念ながらデジカメで写すのを忘れてしまったので、ここにアップすることは出来ない。

プレゼント交換 夕食後はプレゼントの交換である。こちらから持参したお土産を開けて、梅さん、マオさんからご家族一人一人に差し上げた。愛莉さん・美娜さんにはお母さんの心のこもったネックレス、姚さんと美娜さんのご主人にはネクタイ、美娜さんの息子の申亮(シンリョウ)君にはマオさんからMP3と言う具合に。申亮君はちょうどこのMP3を買おうと思っていたところだということで、大喜びだった。わたしがお土産にした箱根細工の秘密箱は申亮君が気に入って、早速開け方に挑戦する。しばらくやっていて遂に成功した。申亮君は昆明のデザイン学校を卒業して、今は関連の会社に勤めている若者である。そういう経歴から日本の技術にも大いに関心があるそうで、箱根の秘密箱はとても喜んでくれた。
 麗江のご家族からは我々同行者にまでプレゼントをいただく。梅さんの夫の和さんの出身であるナシ族の織物だ。それをシーツのように使うらしい。

 そうしてしばらく歓談した後、マオさんと田中さん、それに私の3人はホテルに向かった。ホテルは歩いても行けるくらい近いところにある。昆明のホテルの姉妹店で、麗江泰麗酒店という。翌日も予定がいっぱいあるようなので、早めに部屋に入ったのだが、田中さんとお喋りしていて、寝るのはかなり遅くなってしまった。


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