古城見学と民族ショー


8月14日

古城見学 昼食の後、中村さんはホテルで休憩し、私たちは麗江古城の見学に出かけた。世界遺産に指定されてから観光化されたということで、石畳に添った家々の多くはお土産屋になっていた。さして広くも無いこの場所に、一日約3万人もの観光客が訪れると言う。
美娜さん、和佳さん、申亮君の案内で道に沿って歩く。メインの広場に来ると、ナシ族の踊りをやっていた。簡単なステップだったので私たちも仲間に入れてもらって一緒に踊った。私たちのほかにも何人かの観光客が一緒に踊った。ヨーロッパ人、東洋人が入り混じっての踊りは、とても楽しかった。普段踊りなどしたことの無い私だけど、なんのためらいも無く踊りの輪に入ってしまった。しかも一番乗りで。

 踊りの輪から出て、また街を歩く。お土産やさんを覗いてみた。銀のアクセサリーを売る店がたくさんあったので、そこで田中さんがブレスレットを買った。私も二つ買った。一つは自分で使うつもりで、もう一つは北京で泊めてもらうウーさんの奥さん(劉芳)にあげるためである。

 お土産はみんな掛け値がしてあるらしい。書いてある値段で買うのは馬鹿という感じだ。昆明空港で時間があったので、ちょっと売店を覗いたとき、干しマツタケに目をやったら、すかさず『90元』と言ってきた。値札には120元と書いてあるのだが。交渉すればきっと更に値下げをした違いない。私たち日本人は値切ることに慣れていないので、相手にとっては良いお客だと思う。
麗江のお店でも許さんや申亮君が値切ってくれたので、書いてある値段よりかなり安く買うことが出来た。

 ナシ族は現存する唯一の象形文字といわれるトンパ文字をもっている。そのトンパ文字を書いたお土産品もいろいろあった。私は子ども文庫用にトンパ文字の書かれた板の下がった風鈴を買った。澄んだ音がとてもきれいだ。もうひとつ、私が留守の間家事手伝いに来てくれている叔母のために書道用の落款を作ってもらうことにした。申亮君の友人の店で印鑑の石を選び、「美代」と言う文字をトンパ文字で彫ってもらうことにした。それを見たマオさんも友人へのお土産に印鑑を頼んだ。

 四方八方に伸びる石畳の道を歩く。お土産やでない家の入り口には中国らしい赤い紙が張ってあって、なにやら漢字が書かれている。お目出度い内容か、何かの願い事ではないかと思った。
家々の前に赤い提灯が下がっている。トウモロコシを軒先に下げて乾燥させている家もあった。各家々の窓や戸口にはきれいな彫刻がなされている。その透かし彫りは精緻で美しかった。どの家の戸にも透かし彫りがしてある。ナシ族という民族は手先が器用なのかもしれないと思った。





古井戸 そうして街の中を歩いていると、町中で一番古いという橋があった。その橋は約500年前にかけられたのだそうだ。その橋からあまり遠くないところに古井戸がある。この井戸は、昔中村梅さんが毎日水を汲みに来たところだそうだ。井戸は梅さんの住んでいた家からはかなり離れている。歩いて二、三十分ぐらいはかかりそうだ。こんなに遠くから毎日毎日水を運んだのだと思うと、当時の生活がいかに大変だったかと感慨深いものがあった。その井戸は今でも水が沸き、飲み水として利用されている。私たちもそこにあった茶碗に水を汲んで飲んでみた。冷たくて、くせのないおいしい水だった。
 この井戸から家まで水を運ぶのが、当時の梅さんの仕事だったそうだ。小さい子どもを抱えての水汲みは本当に大変だったろう。


民族ショー 古城見学の後夕食をご馳走になって、そのあと劇場で民族ショーを見た。1000人ぐらい入るホールで毎日2回の公演があるという。観光客の多くがこのショーを見るのだそうだ。これは美娜さんのお宅からの招待だったが、美娜さんたちも初めて見るのだと言っていた。舞台には簡単な説明が示されるので、大体の内容は理解できた。かなり大掛かりなミュージカル仕立てのショーだった。

夜景 ショーの後、もう一度古い街並の夜景を見に出かけた。家々に下がった提灯に灯が入ってあたたかい雰囲気をかもし出していた。堀に沿った食堂では多くの客が食事をしている。私たちはその間を歩いていった。混雑しているところではスリがいるから、バッグは前に抱えるように言われて、そのようにして歩いた。
 人造のハスの花にロウソクを立てて、それに灯をともし、川に流すと願いがかなうというのがあって、みんなそれをやった。一つ10元だ。日本の灯篭流しのようなものだ。これを流して最終的に誰かが拾うのだろうか、環境に良くないなぁなどと思ったが、せっかく美娜さんたちが勧めてくれるので断れずにそれをやった。こうしたことは観光化されてから行われるようになったのではないかと思う。あまりに観光化されすぎているとも思ったが、それがナシ族の人たちの生活を支えていることを思えば、一概に批判は出来ない。
 「最近は麗江でも何でも手に入るようになった」とか「便利になった」などの言葉が何度も聞かれたが、そうしたことは彼らの自慢のようだった。実際そこで生活している人のことを考えれば、昔のままの生活、昔のままの静かなたたずまいを求めるのは観光客の身勝手かもしれない。二時間近く夜の街をぶらついてホテルにもどった。



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