道徳教育の強化と教科書の採択に関する請願に対する
反対討論

私は「道徳教育の強化と教科書の採択に関する請願」に反対の立場から討論をいたします。

教科書は学校教育において最も基本的な教材であり、重要な役割を担っています。未来を担う子供たちの興味を引き出し、様々な可能性を伸ばすものでなければなりません。そういう教科書を使って、日本国憲法を尊重する自立した日本人、また世界で活躍できる国際人を育てることが、いま教育に求められています。ですから、どのような教科書で学ぶのかということは、私たち国民にとって大きな関心事であります。

先日の倉持議員の一般質問で教育長が答弁されましたように、歴史的事実は消し去ることが出来ないし、事実は事実として把握し、個々人の認識を押し付けたり、偏りがあったりしてはならないというのは当然のことです。そういう意味からも、学問の成果をきちんと反映した様々な教科書が発行され、その中から選択できるというのが民主的な教育のあり方でしょう。その選択には、日々子供たちと接している教師が当たるのが最適です。このことは国際的な常識であり、1966年に採択されたユネスコの「教員の地位に関する勧告」でも、教科書の採択権を教師の固有の権利として保障しています。そして、この勧告は日本政府も批准しているものです。

 政府の行政改革委員会は199612月と199712月に「教科書採択制度の改善」に関する意見書を政府に提出し、閣議決定されています。この意見書では、採択制度の改善点として、採択区域を小規模化して行き、最終的には学校単位の採択にすること、それに向けて教師がさらに教科書の研究をすることが出来るようにすることなどを求めています。これは、教師の採択権を保証する考えに基づいています。この意見書と閣議決定を受けて、文部省は19979月に都道府県教育委員会宛てに、「教科書採択の改善について」という「通知」を出しました。1997年の「通知」は、この請願の紹介議員である倉持議員が一般質問で話された平成2年の通知よりも進んで、行革委員会の意見書に添った形のものとなっています。つまり、採択に際しての教師の関与をより進める形のものなのです。

 ところが、この請願には「学校票方式」の廃止をうたっております。これは、教師の採択への関与を今まで以上にすすめた、前述の文部省の「通知」に反するものです。また、現在藤代町では「学校票」制度はとっておりせんし、教育委員会の下部機関が答申を行なうということもしておりませんから、請願項目3の()・(2)は、それ自体意味をなさないものです。

 地球上から戦争という、国による殺戮行為がなくならない中で、戦後55年間戦争をしない、戦争に荷担しないという国の姿勢を貫くことが出来たのは、日本国憲法と教育基本法の理念に基づく戦後民主主義教育の最大の成果であると私はとらえています。

 ところが、この「日本会議」という団体は、「新しい歴史教科書をつくる会」と連携を取りながら、自由主義史観という名で、皇国史観に基づく歴史教育を推し進めようとしている団体です。新憲法の制定をうたっており、現行憲法を否定するような内容の文章を発表しています。日本国憲法に従う義務を負っている我々地方議員が容認できるものではありません。そのような考えに基づいているからこそ、現在小中学校で使用されている教科書に対して、「しかしながら、わが国の教科書はいかがでありましょうか。わが国の社会・歴史・人間関係の陰の部分だけをことさらに強調する内容であります。このままでは亡国の一理塚となりかねないと憂いております。」というような表現にもなるのだと思います。

 ここで言う「陰の部分を強調する内容」というのが、具体的に何をさしているのか分かりませんが、従軍慰安婦の問題や、南京大虐殺などの記述をさすとしたら、国際的にも定説となっているものを否定することになります。特に従軍慰安婦については、「慰安婦の事実を学校教育で教える」よう勧告した国連人権委員会のクマラスワミ報告があり、日本政府もそれを受けて、「歴史教科書に慰安婦を記述している」と報告しているのです。第二次世界大戦により悲惨な体験を強いられた国々の人々にとっては、消し去ることの出来ない事実なのです。これらの事実を教科書から削除することは、せっかく築いてきたアジアの国々との友好関係をはばむことになるでしょう。

ここで、127日の倉持議員の質問に対する前述の教育長の答弁を少し引用させていただきます。

これからの子供達は地球規模の社会の中で生き、世界の人々とお互いに尊重しあいながら生きていく時代であります。そこで堂々と世界に伍していくためには、自分たちの過去を正しく知り、現在から未来を見通し、生きることになるわけであります。

との答弁でした。全くそのとおりだと思います。世界の国々と友好関係を築いていくためには、世界の定説を無視した独りよがりの歴史観では通用しません。ドイツのように過去の事実は事実として認め、その上で新しい国際関係を築いていかなければならないと思います。

また、現在の青少年の問題を教科書の問題に矮小化している点も賛成いたしかねます。明るい未来を感じさせない政治、拝金主義の蔓延、一流企業の経営者による背任容疑、相次ぐ警察官の不祥事とその隠ぺい工作など、大人社会の汚さ・醜さが、子供たちを苦しめ、追い詰めている現実を無視しているからです。

この社会を民主的で、正しいことがきちんと通る社会にしていくことなしに、お題目的に道徳を唱えても、青少年の心にはひびいていかないでしょう。

 また、道徳教育の強化といいますが、そこで教える徳目の如何によっては、戦前の修身のようになる危険性もはらんでいます。

 

 以上のような理由から、請願第2号 「道徳教育の強化と教科書の採択に関する請願」に反対致します。

            
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