
2004年 8月
2004/8/30(月) 少子化時代の子どもに優しいまちづくり勉強会
今日も取手で標記の学習会が行われた。政策フォーラム茨城と、日本子どもNPOセンターの主催である。早稲田大学の喜多明人教授の「自治体の子ども政策と子どもの権利条約について」という講演と、水戸市議川崎篤行氏からの「次世代育成支援対策推進行動計画モデル地区」という報告があった。喜多教授の講演は、序盤が長すぎて、終わりの頃は時間が無くなり、ちょっと中途半端になってしまった。それでも「子ども」を『市民』を位置づけ、政策立案過程に参画させる試みの報告などはとてもおもしろかった。各地の先進的な取り組みの紹介があり、わが藤代町はまだまだだという思いを深くした。子どもの権利条約については、子ども自身も、そして子どもに関わる大人たちももっともっと勉強し、よく知ることが大切だと思った。
川崎水戸市議の報告は、モデル地区としての取り組みについてだ。行動計画のあらましをビデオを使って説明してくれた。まだ始まったばかりだし、これから実行しながら5年後の見直しに備えていきたいとのことであった。
2004/8/29(日) 「心のノート」の学習会
取手のゆうあいプラザで、「心のノート」についての学習会があり、参加した。「心のノート」については、大いに問題ありと思いながら、議会の中でどこから切り込んだら良いか切り口が見つからず、一度も取り上げていない。「心のノート」は文科省が力を入れて取り組んでいるもので、子ども達に心の問題を考えさせ、「心のノート」を付けさせるというものである。心の問題に国が介入してくること自体問題があろう。国の思う方向に心をコントロールしようという意図が見え隠れしている。財界の要望に沿った役に立つ人材の育成が求められているようだ。そして最終的には「愛国心」へ持って行こうとしている。私は「愛国心」が悪いとは思っていないが、愛国心を子どもに求める前に、愛されるべき国を作るのが先決だと思っている。愛国心は強要されて身につくものではない。誰もが安心してのびのびと暮らせる世の中になったとき、自由にものが言えて個人が尊重される平和な国が出来たときに、愛国心は自然に涌くものではないだろうか。愛国心の涵養というような意味からも、このノートは教育基本法改悪とセットになっているのだ。
「心のノート」は一読して、「これはおかしい」と思うような内容にはなっていない。しかし、よく読んで検討してみると、随所におかしなところが出てくるのだ。このことは教育現場にいる教員たちが心してほしいことだ。現場の教員からの話では、今のところこのノートの使用は強制されていはいないとのこと。しかし、莫大な資金を投入して、全国のすべての児童生徒に配布している以上、いずれは使うことが義務付けられるだろう。国旗国歌法が制定されたとき、強制はしないとあれほど言ったにもかかわらず、昨年度の東京都の公立校卒業式ににおける強制は、記憶に新しいところである。これと同じことが行われるに違いない。
今日の話によると、現場の教職員はこの問題をまだ深刻に捕らえていない人が多いそうだ。私たち外部のものにはおのずから限界がある。教職員自身がもっとこの問題を勉強し、問題の深刻さに気づいてほしいものだ。
2004/08/26(木) 道路の沈下 その4
上記の問題は、先日の現場での話し合い以降そのままになっていた。但し、町道には業者が砂利を入れて、県道の高さぐらいに高くし、道幅も広がっている。この工事も町と協議せずに行ったようだ。
私が中国に行っていたこともあって、確認書の件も進展していない。昨日土木課に行って聞いたところによると、確認書の原案は相手方に送付してあるが、その後返事は無いとのことだ。問い合わせても社長が留守だと言って埒が明かないとか。やっぱりと言う感じである。前回の話し合いのとき、あまりにも調子が良すぎると思ったのだ。
今日は、現地で地権者立会いの下、私有地と水路、水路と町道との境界確認が行われた。境界の杭がなかなか見つからなくて時間がかかった。午前10時から始まって、終わったのは12時を回っていた。それでも何箇所かの杭が見つかって、地権者の合意が得られ、境界は確認された。それにしても現状と公図との差があまりにも大きいのに驚いた。場所によったら2メートルぐらいもずれているのだ。
業者が高く土盛りをしてしまった町道は、農作業をするのに困難になってしまったので、数十センチ下げてほしいと地権者は要望している。なにしろ1メートル近くも道路が上がってしまったので、コンバインや稲刈り機などの出入りが難しくなってしまったのだ。あの高さは、自分たちのダンプカーが出入りしやすいようにしてしまったとしか思えない。道路を高くすれば良い、広げればよいというものではないはずだ。勝手に工事をしたことの責任をきちんと取らせるべきなのだ。それなのに、なぜか町は低姿勢だ。もっと毅然とした態度で臨むべきではないのか。
2004/08/06(金) 道路の沈下 その3
昨日に続き、今日は土砂を置いている「コウキ建材」という会社の社長が来ると言うので、私も現場に行ってみた。10時ということなので、10時に行くと、もう町、県、岡堰の担当者と、隣接する田の耕作者が来て話をしていた。社長と言う人は愛想がよく、あそこも直す、ここも直すと言っていたが、どうもきちんとした対応を避けている様なところが感じられた。勝手に埋めた水路と町道との境界をきちんとすべきだと私が言っても、なにかあいまいなのだ。自分は地権者ではないから境界には関係がないというようなことを言う。しかし、私はそんなことは無いと思う。境界を分からなくしてしまったのは、その業者が土砂で埋めたからなのだから。この町道を県道なみの高さにするとか、砂利を10センチ入れるだとか言っているが、無断で工事をしたことに対する謝罪も反省も無かった。また、そのことについて県の土木事務所の職員も、町の担当者もきっちり質すことをしないのだ。
まず、境界をはっきりし、現状に復帰すべきではないのか。その上で沈下した町道をもとに戻させることが重要だろう。道が広くなればよいと言うものではない。耕作者は3人集まったのだが、その人たちは、今はこうしてあれもする、これもするというが、将来が心配と言っていた。そこで、業者と耕作者で確認書を取り交わすことになる。また、耕作者が申請して、県、町との境界をはっきりさせることになった。田んぼ側の水路幅を確定し、町道幅を確定すれば、土砂置き場と町道との間の水路幅も決まってくる。そうして、町道幅を図面どおりに4メートルにすれば、大型ダンプは入れないだろうとのことで、町道は広げさせないでほしいと言うのが耕作者の意見だ。業者は2トンと4トンのトラックしか入れないといっていたが、今までは大型ダンプで仕事をしていたのである。2トンや4トンでは非効率的だから、大型ダンプを使いたくなるのは業者だったら当然だろう。よって、大型を入れないためには道幅を広げないのが良いと私も考えている。
確認書については、業者の方はこちらに任せるということなので、町の土木課と私とで原案を作り、耕作者と協議して文章を作ることになった。とにかくしっかり対応しないと、また地盤沈下が起きてしまうので、町にも県にもしっかり対応してもらいたい。
2004/08/05(木) 土砂による道路の沈下 その2
先月22日に書いた「道路沈下」のその後である。ここ二、三日県道を通ると、例の土砂置き場の土をどんどん動かして工事を進めているので、気になっていた。それで、今日はその様子を見に行ってみた。すると、ショベルカーで作業をしていた人が降りてきたので、その人と話をしてみた。その人曰く、
- 土地の半分を地権者に返還するので、今後は後ろ半分を使う。
- 使うに当たって、ダンプが出入りできるように工事をしている。
- 水路は社長の命令で埋めたが、あとでダンプが通るところにはヒューム管か何かを入れる予定だ。
- 道路は砂利を入れて、鉄板を敷く。

写真1
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水路の幅が大分狭くなったような気がしたので、質問してみると、作業をしていた人は、悪びれた様子も無く、「ハイ狭くなりました。埋めろって社長が言ったので埋めたのです。」という。写真1で、右奥の方の土が狭くなっている部分あたりまでが元の道だったところだと思う。手前の方は水路をつぶして道の部分が広くなっているのだ。社長の命令だから、その人を責めることは無いが、水路を埋める許可をとってあるのかと疑問に思ったので、家に帰ってから役場に電話をしてみた。町の土木課が言うには、
- 道路工事の申請は出ていないので、無断で工事をするのはまずい。
- 町道なので、ダンプの出入りを禁じることは難しいが、ダンプが通るならそれなりの道路にする必要がある。
- 水路については龍ヶ崎土木事務所の管轄なので、連絡はしてある。
というような話だった。町に無断で工事をしているのだから、これから来て現場を見てほしいと要望する。町はすぐ行くとの返事。
県の龍ヶ崎土木事務所にも電話をしてみたが、土木事務所では現在ここの工事をしていることは把握していなかった。水路の工事をするなら土木事務所へ申請しなければならないとのことで、こちらもすぐに現場に行くとのことだった。
電話を切って現場へ行ってみると、町の土木課が来て説明を聞いていた。社長が明日来て、町と話し合うということになったようだった。

写真2
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残土置き場の脇の道には、元の道路より20センチぐらいの高さまで土を入れてあった。(写真2) しかし、ここをダンプが通れば、またすぐに地盤沈下が起こるだろうことは目に見えていた。たとえ砂利を入れて鉄板を敷いても、その下の道路の土台がしっかりしていなくては、すぐに道路が下がってしまうだろうと思われた。道幅は水路を埋めた分が加わって、以前の1.5倍ぐらいになっていた。
土木事務所の人が来て、社長と電話で話したのだが、工事には申請が必要だということだけ言ったようだった。何故無断で水路を埋めたことを、きちんと質さないのかと思った。この水路が何のためのものなのか、町の職員も土木事務所の職員も把握していないのには驚いた。これが用水路なのか排水路なのか、現在使用されているのかどうか、どちらの職員も把握していなかった。水路を勝手に埋めたことをたいしたこととは捕らえていないように見えた。
土木事務所の職員も町の職員も業者に対してやけに低姿勢である。以前私の家で埋め立て工事をしたときの土木事務所といったら、権力を笠に着て、非常に高飛車だった。勿論それが良いというわけではない。でも、私の家の工事は土木事務所と町に申請し、その指導に従って行ったのに、来る人によって指導の中身が変わってしまい、我々が叱られたこともたびたびだった。もう二十年以上も前のことではあるが、その言い方ときたら、本当に何様かと思うような態度だったのである。それに比べて今回の土木事務所の態度はあまりにも低姿勢で驚いた。業者に対するのと個人に対するのでこのように態度が違うのだろうか。何の問題も無かった私の家の工事にあれだけ難癖をつけた土木事務所が、無断で水路を埋めた事業者に対して、きちんと質すことも出来ないのはどういう理由によるのだろうか。
県・町の職員たちと別れてから、埋められた水路が何のためのものかを調べるために、道路沿いの田の耕作者たちと会って話を聞いてきた。人によって用水路だという人もいれば、排水路だという人もいる。現在使われているという人も、使われていないという人もいる、という状況で、正確なことはわからなかった。ただ、問題の道路は耕地整理によって出来た農道だから、ダンプの通行は出来ないのではないかという人が何人かいた。また、耕作者たちは、あの道路をダンプが通ったのでは困るといっている。明日社長が来るなら、その時に自分も行って話したいといっている人もいた。また、水路は岡堰土地改良区のものだから、岡堰に立ち会ってもらって話をすべきだという意見もあった。この意見については、明日の朝町の土木課に連絡してみようと思っている。
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