活動日誌

2004年 10月


2004/10/26(火) 取手市藤代町合併協定調印式 
 取手市の福祉交流センターにおいて合併協定の調印式が行われた。橋本知事をはじめ、国会議員・県議会議員が来賓として参列。橋本知事は立会人として協定書に署名をされた。私達合併協議会の委員も立会人ということで、協定書に署名した。署名をするとき字が下手で恥ずかしかった。この署名はずうっと残るのだろうから。
 あとは両市町の議会の議決があれば、合併はほぼ決定される。そのあと県議会を経て総務省に申請するが、これらは殆ど間違いなく通ることになるようだ。
 この合併もいろいろな経過をたどってきたが、どうやら本決まりになりそうだ。いよいよ新しい町づくりに本腰を入れなければならない。合併協議の中で、「合併後に決定する」となっていることがたくさんあるので、そうしたことを一つ一つきちんと見ていかなければならないと思っている。これからが本番である。



2004/10/23(土) 北相馬地区消防ポンプ操法大会 
 北相馬地区(取手・守谷・藤代・利根)の消防団のポンプ操法大会が利根町で開かれた。今月3日の町大会で優勝した分団が藤代町の代表として参加したので応援に行く。今日は前回とは違ってよいお天気なので、選手達もやりやすかったと思う。各分団とも練習を積んだ結果を十分に発揮できたのではないだろうか。結果はポンプ車の部も小型ポンプの部も取手市のチームが優勝した。藤代ではポンプ車の部に出場した第八分団が準優勝だった。
 優勝した取手市とは2点差という僅差だったので、「もう少しで優勝できたのに」と選手諸君は悔しい思いをしたかもしれない。だが、この数ヶ月、仕事の終わった後に練習してきた成果が現れてのことなのだから、準優勝は素晴らしいことなのだ。心から拍手を送りたい。また、残念ながら入賞を逃した小型ポンプの部に出場した第一分団も、苦労は同じである。両チームとも長期間ご苦労様でした。



2004/10/22(金) 小貝川 その2 
 今朝は6時に消防団が解散になった。水位は少しずつ下がり始めているということなので、安心して10時過ぎに防災センターに行ってみる。水位はピーク時から10数センチ下がっていると言うが、まだまだ相当なものだった。消防長と三浦議員が居て、話しながら少し様子をみていた。消防長は二晩寝ていないので、疲れている様子だ。だんだん水位が下がってくるので、11時ごろ帰る。しかし水位の下がるのは、増えるのよりずっと遅いのだそうだ。少しずつ少しずつ減っていくのだそうである。
 9月の議会で私と何人かが災害弱者に対する避難誘導などについて質問をしたが、その結果、特に支援を必要とする方が9名居ると言うことが判明したので、その方たちに対する支援の方法が決まったということを聞いた。水害等で避難する場合、民生委員、職員、ヘルパーが協力し、タクシーによって他の人達より一足早く避難する、避難場所もさくら荘やなごみの郷など、ケアが受けやすい場所にすることになったということだ。質問したことがすぐに役立って良かったとは思っているが、本音を言えば、役場の職員は専門家なのだから、我々に質問される前にこのくらいの対応は考えておいて欲しかった。



2004/10/21(木) 小貝川の増水 
 台風は私達の住む藤代のごく近くを通って今朝早く太平洋に抜けたようだが、台風本体が近づいてからは雨もさほど多くなく、風もそんなに吹かなかったので、このあたりでは大きな被害は無いようだ。朝起きて北浦川や小貝川を見に行く。台風の後でどのくらい増水しているかと思ったら、北浦川も溢水した様子はなかった。大分水かさは増えているが、どうにか流れているようだった。ただ、小浮気の集会所のところの道路は水が十センチぐらいたまっていた。小貝川は思ったより増えていないので、安心して家に帰る。総務常任委員長として消防署に連絡してみると、今のところ異常は無いとのことだった。消防団への連絡もまだ必要なく、消防署員で堤防の巡視をしているという。但し水海道付近はかなり増水しているので、午後になってから状況を見て判断するとのことだった。
 夕方から近所のおばあさんのお通夜に行き、八時半ごろ帰宅すると留守中に消防署から連絡があって、午後7時に水防体制に入ったと言う。早速署に連絡してみると、消防団を召集し、巡回してもらっているとのことだった。水防の拠点は県南防災センターと浜田集会所の2か所だというので、行ってみることにする。まず県南防災センターに行く。水防事務組合の議員が集合していた。また、消防団幹部も待機していたので、ご苦労様と挨拶をする。
 一時間毎に水量の状況が入ってくる。私が行った時は、水海道でほぼ増水が止まったころだった。それから6時間後に藤代に来るという。それ故、藤代ではまだ増水している最中だった。懐中電灯を持った澤部議員と一緒に土手に行ってみると、驚くほど水量が増えていた。河川敷に生えている大きな木の一番下の枝ぐらいまで水が来ている。フラワーカナルのコスモスはすっかり見えなくなっていた。大きなゴミがどんどん流れてくる。消防署の職員に「足を滑らせて落ちないように気をつけて下さい。水を含んだ土手はズルッと滑りますから。」と言われ、「落ちたら皆さんに迷惑をかけるので、落ちないように気をつけます。」といって、土手の階段を少し降りてみた。流れが速い。この流れが止まったら大変なのだそうだ。止まると言うことは利根川に流れ込まないということなので、逆流や急な増水が起こると言う。このときはドンドン流れていたので、これならたいしたことにはならないだろうとのことだった。
 藤代(文巻橋)では警戒水位は4mだが、午後9時の水位は3.54mだった。警戒水位まではまだ少し余裕がある。水防議員が会議を開き、午後10時の発表まで水位の状況を見ようということになる。浜田の方は問題が無いとのことなので、私も10時の水位発表まで防災センターで待機することにした。
 赤羽議長が来て、町長や議長たちと話をしながら10時の発表を待つ。隣の伊奈町では何箇所かで土砂崩れがあったらしいと町長が言っていた。藤代は台地が殆ど無いので、がけ崩れの心配は無い。
 10時になって水海道は1センチぐらい水位が下がってきたと言うことだった。また小貝川と利根川の合流点あたりも警戒水位までには1m以上余裕があるとのことなので、藤代以外の水防組合議員は解散と言うことになった。それから少し経って藤代の水防組合議員達も解散したので、私も家に帰った。
 消防長はじめ消防署の職員は、昨夜も台風で寝ずの番をして、今夜も水防で一晩中警戒するのだから、いくら仕事とは言っても大変だと思った。消防団の人達も、仕事から帰って一晩中土手の巡回をしてくれている。これまた大変な仕事だ。



2004/10/20(水) 台風23号 
 台風23号が上陸。あちこちでひどい被害が起きている。防波堤の決壊で家が壊されたり、バスの乗客が水の中に取り残されたり・・・。藤代では消防署と役場で警戒に当たった。私も担当なので、消防署と役場に行ってみる。何の役にも立たないのだが、行って労をねぎらうことはできる。土木課・総務部の職員は30人ぐらいの体制で、今夜は泊り込みだという。また各部からも二人ずつ応援だと言っていた。道路が冠水しそうなところに土嚢をくばったり、ポンプを設置したり、土木課は大忙しである。大きな被害にならないことを祈るのみだ。



2004/10/14(木) 県の北浦川視察 
 昨夜消防団長をしている小浮気の友人から、「明日、北浦川の視察に県の職員が来るから、一緒に参加してくれないか」と連絡をもらった。それで、約束の10時に北浦川の国道にかかる橋のところに行く。私が行って少し経つと何人かの人が集まってきた。ところが県の職員はなかなか来ない。20分ほど経っても来ないので、役場に電話して聞いてみると、役場では県からの視察について何の連絡ももらっていないという。変な話だと思ったが、しばらくそこで待つことにする。視察云々の書類を持ってきたのは助役だという人がいたので、また確認の電話をすると、助役はそのようなことは無いと言っていた。
 しばらくしてやっと書類を持ってきたという人と連絡がつく。「今椚木を視察しているので、もう少しで小浮気に着く」ということだった。待っていると、車3台ほどに分乗して県の土木課長他がやって来た。川口県会議員が県の職員を連れてきたのだった。県議と一緒に石井・佐藤・若林の三町議も視察にきた。そこで、川の中に堆積した泥を見てもらい、浚渫してほしいことを訴える。また、川の中に生えている草を刈って、水の流れを良くしてほしいことなども伝えた。
 私が以前一般質問で要望した、暫定措置についても要望してみた。暫定措置というのは、北浦川の上流にかかる橋のいくつかが土管状になっているので、そこで流れがせき止められてしまうので、そこを川幅いっぱいの橋にしてほしいということである。そんなに立派な橋でなくとも、軽トラックが渡れる程度なら良いので、何とかならないかと相談した。すると、水利組合などと話し合ってみると土木課長は答えてくれた。これが実現すれば、相当に流量が増えるので、今のような溢水は起こりにくくなるのではないかと思っている。北浦川が上流まで改修されるのにはまだまだ相当な年月がかかるのだから、その間の措置として是非実現してもらいたいものだ。
 それにしても、町に何の連絡もしなかった川口県議のやり方には疑問を感じる。北浦川の問題に積極的に関わって、迅速に対応してくれるのはとても有難いのだが、せっかく県から課長が来てくれるのだから、町にも連絡をして、共に県に対して要望したほうが良かったのではないかと思う。



2004/10/12(火) 合併協議会 
 最後となるであろう合併協議会が藤代庁舎で行われた。合併協定書の承認と調印式の日程などを決め、一時間ほどで終了。共産党の高木委員は、協議会で審議し、決定したあとに両自治体で制度変更があったことはどうするのか、再度審議すべきではないかとして、取手市の乳幼児医療費無料枠の拡大を例に取り上げた。この件に関しては「取手市の例による」と協議会で決定しているので、当然合併時点での取手市の制度が適用されると私は解釈したのだが、高木氏は再協議が必要という見解だった。協定書で「取手市の例による」となっているものは、当然合併時点での取手市の制度を使うということだと取手市長からの答弁があった。また、倉持委員から「制度が変更になったことで、住民が著しい不利益を受けるなら再協議が必要だろうが、今回の場合は住民にとって利益になることだから、再協議は必要ない、現行の取手市の制度で行くべきだ。」との意見が出された。正にその通りだと思う。高木氏の発言は、反対のためにする議論ではないかと思った。高木委員は取手と藤代の共産党を代表して反対討論のような発言をした。また、我々合併協議会の委員は立会人として合併協定書に署名することになったが、共産党の2委員は立会人としては出席しないし、署名もしないということだ。
 私も人口推計など納得できない面もあるにはあるが、大筋において合併協定の内容に賛成なので、協定書への署名はするつもりである。細部については合併後の議会に委ねられていることが多いので、合併後の議会でしっかり審議していきたいと思っている。
合併協定書の調印式は26日の1時から、取手市福祉交流センターで行われることに決定した。一般市民の参加も認められるので、調印の瞬間に立ち会われたい方には参加をお勧めする。



2004/10/10(日) 第21回議会報告会   
 議会報告会の開始前に消防署に寄って、昨日の台風の被害などを聞く。大きな被害は無く済んだと言うことで一安心。シャッターの破損、屋根のトタンが飛ぶなどの被害が何件かあったそうだ。昨日の台風は風速30メートル、雨量は最大で一時間に30ミリ程度だったとのこと。普通の道路は一時間当たり20ミリの雨量を排水できるように側溝などが設計されているそうで、30ミリの雨になると、なかなか水がはけきれないと言う話だった。昨日も町内で何箇所か道路が冠水したようだ。朝早く六郷地区を中心に車で回ってみたが、冠水したらしい様子がみられた。南中学校の脇の道路はまだかなりの水があって、車が通るのがやっとと言う状況だった。
 10時少し前に中央公民館に行く。既に「小泉まり子と歩む会」の人が来て、準備をしてくれていた。この人達はいつもこうして私の活動を支えてくれる。感謝、感謝である。
 今日は台風の後でもあるし、幼稚園の運動会もあったりして、参加者はいつもより少なかったが、初めての方も来てくださって嬉しかった。顔なじみが多かったせいもあって、私の報告がきちんとした形で無く、おしゃべりのようになってしまった。反省しなければならないと思っている。
 参加者から、合併後の新規事業についての問題点が出された。合併後の新規事業は、取手と藤代と合同で協議すべきだと思うのだが、取手中心に進んでいるというのだ。これはブックスタートという事業についてだったが、他の新規事業も同じように進められているのではないかという疑問がだされたのだ。この件に関しては少し調べてみなければならない。



2004/10/04(月) 二市二郡正副議長及び委員長会視察 
 初めて公費の視察というものに参加した。二市というのは取手市と守谷市、二郡とは北相馬郡(藤代町・利根町)と筑波郡(伊奈町・谷和原村)である。各自治体の正副議長と委員長、それに議会事務局の局長クラス、総勢約40名ほどで群馬県の太田市を中心とする合併について視察してきた。太田市・尾島町・新田町・薮塚本町の一市三町の新設合併である。新設合併と言っても、太田市が人口約15万人で、他の三町は1.4万人から、3万人ぐらいの町なので、実質的には太田市に編入されるような形に思えた。
 4つの自治体となると、なかなか事務事業のすり合わせも難しいようだ。例えば国民健康保険については、当分の間4つの制度が併用されるという。数年後を目処に統合するそうだ。国保税は、太田市の市民負担が他の町より高いので、三町は時間をかけて太田市に合わせて行くという。サービスは高く、負担は低くとはいかないようだ。それから、学校給食についても自校方式とセンター方式の統一ができず、当分は両制度併用で行くとのこと。これもなかなか難しい問題で、私達の藤代と取手の合併でも当分は両制度併用でいくことになっている。
 太田市他の合併では、薮塚本町が加盟している競艇の組合から脱退するのがかなり大変だったとのことである。
 議員報酬については、最も低い町と太田市では二倍以上の開きがあるので、太田市の議員報酬はそのままにして、他の三町の議員はそれより低いところで統一するとのことだった。尾島町は合併を約一月後に控えた来年の二月に議員の選挙があるそうだ。議員の任期については、特例を適用し、合併後二年間残任となるそうだが、合併の一月前に選挙というのはどういうものだろうか。



2004/10/03(日) 雨の消防ポンプ操法大会 
雨の中の放水 消防車の点検
 今朝はそれほどひどくなかった雨が、7時ごろから強くなってきて、操法大会の場所が宮和田小学校から役場駐車場に変更になった。朝から消防団の方たちは場所の移動で大変だったようだ。
 8時半開会式、9時ごろから競技が始まった。あいにく雨はだんだん強くなる。開会式は室内に大勢入ったため、とても暑かったが、外に出てしばらくすると肌寒いくらいになってきた。その中で雨にびっしょりぬれながらの競技は大変だったと思う。下着までびしょ濡れになったことだろう。それでも着替えもせずに競技が続く。雨のためやりにくそうに見えた。ホースが絡んでしまう場面も見られた。役場駐車場では一度も練習をしていないので、間隔をとるのが難しかったに違いない。そんな中で、黙々と仕事に励む姿は見ていて頼もしかった。
 結果は、ポンプ車の部では第八分団、小型ポンプの部では第一分団が優勝した。第八分団は昨年二位だったので、とても嬉しそうだった。この分団の選手達は昔の教え子なので、私もとても嬉しく、団の反省会にも参加させてもらった。その中で、「昨年の県の優勝チームのビデオを何度も見て研究した」という話を聞いた。「努力だけでは優勝できませんから。やっぱり研究しないと。」と言っている人もいた。そんなにしてやっと優勝したのだから嬉しかったろう。七月から三ヶ月間、仕事が終わったあと練習を重ねてきたのだ。そうした姿が町民にはあまり見えていないと思う。町を守る彼らの姿をもっと多くの人に知ってもらいたい。



2004/10/01(金) ビンのコンテナ回収 
 今日からビンのコンテナ回収が始まった。どんな様子だろうと思い、谷中、東観、米田、酒詰の一部を見て回った。ビンの分別はどこもだいたい良くできていたが、問題点がいくつか見られた。



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