はじめまして。私のHPにようこそおいでくださいました。
私は茨城県藤代町議会議員の小泉眞理子です。
1999年に初めて議員となり、2003年8月に再選されました。
皆様の声を町政に届けるため、
出来るだけ多くの方とコミュニケーションをとりたいと思って、
2002年1月にこのページを始めました。
 私は、住民参画によるまちづくりを心がけています。
この町に住むひとりひとりが様々な場で自分の意見を出し、
アイディアを出し合って、住みよい環境を作っていけたらいいですね。
 
 住民参画を進めるためには、意思形成過程での情報開示が不可欠です。
各種審議会・委員会の改革も必要でしょう。
イエスマンばかりの審議会や委員会ではなく、
辛口の意見が出るようなメンバーの選定が大切です。
これらの組織では年配の男の方が大勢を占めていますが、
若い人や女性の参加を積極的に進めていくべきでしょう。
ところが、この藤代町ではまだまだ旧態依然のところがたくさんあります。
今後の課題としていきます。

 公平で公正な町政をもとめ、
公共工事に当っては
大幅に一般競争入札を取り入れる、郵便入札制度をつくるなど、
入札制度の改革も進めていかなければなりません。
私は入札問題についてはまだまだ勉強中ですが、
横須賀市の例にもあるように、
入札制度の改革によって落札価格が低下すれば、
財政問題の解決にもつながります。
これも今後の課題です。

 また、教育問題は私の専門でありますから、
今後も力を入れていきます。
15年4月に開館した図書館は、
館長の公募を提案し受け入れられました。
このふじしろ中央図書館は、
開館3ヶ月余りで6万人の入場者を数えました。
それだけ望まれていた施設であることが証明され、
開館に力を注いできた私にとっては、
とても嬉しいことでした。
専門家である館長を中心に、
住民が使いやすい民主的な運営を目指します。

 「いつもあなたのとなりに」をモットーに、
気軽に声をかけていただける隣のおばさんのような存在でありたいと思っています。
この町のこと、お年寄りや子どもたちのこと、気軽に話し掛けてください。
一緒に考えていきましょう。

年  譜


1945.12.07  小泉志農夫・フミの長女として、中国河北省で生まれる。

1946.05.02  北相馬郡六郷村谷中に引き揚げてくる。
            小泉三一郎・チヱの養女となる。

1952.04    六郷村立六郷小学校入学

1955.     町村合併により藤代町住民となる。

1958.03    藤代町立六郷小学校卒業

1958.04.   藤代町立藤代中学校入学

1961.03    藤代町立藤代中学校卒業

1961.04    茨城県立土浦第二高等学校入学
  • 高校では社会クラブに属し、古墳の発掘などをする。
  • この頃、母がホームアジアという団体に入って留学生の世話をするようになったので、
    留学生との交流が始まる。
1964.03    茨城県立土浦第二高等学校卒業

1964.04    実践女子大学文学部国文学科入学
  • はじめ、歴史研究会に入るが、1年の途中で退部。
  • 1年の冬頃から児童文学研究会に入り、人形劇や影絵などをもって僻地の学校を巡回する。
  • 那須辰造先生のご自宅で海外の絵本に触れ、絵本の素晴らしさを知る。
  • 石井桃子著「こども図書館」(岩波新書)・鳥越信著「三才から六歳までの絵本と童話」を読み、
     「学校を卒業して十年経ったら私も子ども文庫を開く」と決める。
1968.03.20  実践女子大学卒業

1968.04.01  藤代町立久賀小学校に赴任
  • 2年生21名の担任となる。
  • 子どもと遊ぶのが好きで、どっちが遊んでもらっているのか分からないと
     先輩教師に笑われるほど、よく土手で相撲などをした。
  • 日本作文の会・教育科学研究会・仮設実験授業研究会・全国生活指導研究会・
    数学教育者協議会・歴史教育者協議会・あたらしい絵の会などの研究成果に学び、
    教師生活を送る。

1975.01.07  谷中子ども文庫開設
  • 学校を卒業して10年の予定が、7年で実現。
  • 文庫の子どもは約120名にもなる。
  • 子ども自身の手になる会報の発行。

1978.04.01  藤代町立高須小学校に転勤

1979.11.13  結 婚

1980.08.22  長男誕生
  • 子育てと仕事の両立は難しかった。

1982.04.01  藤代町立藤代中学校に転勤

1982.11.13  次男誕生

1983.03.31  藤代町立藤代中学校を最後に教職を退く

1984.10    谷中地区にモーテルが出来ると言うことで住民運動おこる
  • 住民運動の中心のひとりとして広報活動・署名集めに従事。

1985.02    「教育指導室」を設置反対の請願をする。
  
  反対理由
  • 指導室の設置は、教師の管理強化に繋がる。
  • 教師の高齢化に伴って不足する校長・教頭職の代替的な意味を持つ。
  • 教師の自由な時間が減り、研修や提出物で仕事が増えて
    子供と接する時間がなくなる。
  • 教師の研修は本来自由であるべきである。

    など。
1985.04    指導室反対運動は、全国的にも珍しいと話題になったが、
         4月から指導室が設置される。

1985.04.01  長男の保育園入園で無認可保育園の運営に関わる。

1987.03    町長選挙で現職に対抗する候補者を応援し敗北。

1987.04    オーストラリアからのAFS留学生を1年間引き受ける。

1988.04    光風台幼稚園父母の会会長
  • アメリカからのAFS留学生を1年間引き受ける。
  • 流通経済大学の中国人留学生との交流をはじめる

1990.01    谷中子ども文庫15周年記念行事・記念誌の発行

1994.04    六郷小学校PTA会長

1998.10.01  藤代町教育相談員・藤代南中学校心の教室相談員になる。

1999.03.31  教育相談員・心の教室相談員退職

1999.08.22  藤代町議会議員に初当選
  • 当初・・・無会派
  • 現在・・・会派 あしび(会派といってもひとりだけ)
    • 「あしび」は漢字で「馬酔木」と書く。ツツジ科の常緑低木。
    • 春の初めに小さな白い壺状の花を房の様につける。
    • 「馬酔木」の名は、牛馬がこの葉を食べると覚醒作用により
          麻痺するところから来ているといわれる。
    • 我が家の庭に何本も生えており、すずらんのような可憐な花が咲くのだが、
          毒があって害虫を寄せ付けないという性質がある。
    • 毒があって害虫を寄せ付けないというところが気に入って会派名にした。

1999.9.26   議会報告「まり子かわら版」発行開始
  • 町内全域に新聞折込 12,000部

2003.8.3    二期目の当選を果す(858票・第7位)


      

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